昨年4月24日、神戸港からピースボートで地球一周の吟行に出た。天候の関係で一日遅れ108日間の旅になったのだが、その間1,200句ほどを詠んできた。その中から推敲を重ね約500句、新葉館出版さんの全国川柳作家集の中の二冊として、今年発刊される。作者の音声付き。下記は、冒頭の五句。

水音がいつもわたしの中にある
きのうの短篇ひらく花吹雪のように
光と影群れる海にもわたしにも
どの海も浮かべる逝ったひとの影
おんがくもひとも過ぎゆく華なのか
川柳を詠むためいろいろなところに赴き、景色や時間の流れなどを身体で受けとめてきた。吟行は机上でことばを組み立てるのではなく、まずは「歩く」「感じる」ことを作句の源泉とする。短詩型はわずかな音数で世界を立ち上げるので、感覚が澄んでいなければ句も濁る。吟行はその感覚をみがくための一つの方法といえるだろう。
芭蕉もまさにそんな吟行の体現者だった。「風雅の道」を歩くための移動そのものが創作だった。『奥の細道』の行程で詠まれた句は、土地の空気と不可分。たとえば《夏草や兵どもが夢の跡》は、平泉の荒涼とした風景を前にして生まれた。ただ景色を写すのではなく、心を触れさせ一句に凝縮した。俳句も川柳も、吟行とは外界と心が交わる一点を探す旅だといえるだろう。芭蕉もそこを求めて歩き続けた。
一方、山頭火の吟行はより私的でより孤独な歩行だった。行乞の旅の中で「あるがまま」を受け取るために歩いた。山頭火の句は写生よりも心情が前面に出るが、その心情は歩くことで整えられた。《分け入っても分け入っても青い山》のような句は、歩くことそのものが句の骨格になっている。吟行は、歩くことでしか得られない澄明な孤独を句に昇華させる営みだったように見える。
芭蕉は景色と心の一致を求め、山頭火は自身の存在を吟行により確かめた。方法は異なるが、吟行が「身体を通して世界を受け止める行為」である点は共通している。ことばだけでは届かないものを、足で、目で受け取る。吟行とは、句を詠むために歩くのではなく歩くことで句が生まれるという逆転の創作法なのだ。
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