
柳澤桂子(やなぎさわ けいこ) 1938年生まれ。お茶の水女子大学名誉博士。生命科学者、歌人。
『生きて死ぬ智慧』。下記はあとがきから抜粋。
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この36年間私は苦しみました。孤独でした。人間であることの悲しみを存分に味わいました。科学の限界を知らされました。病は悪くなる一方でした。……
私は、釈迦という人は、ものすごい天才で、真理を見抜いたと思っています。ほかの宗教もおなじですが、偉大な宗教というものは、ものを一元的に見るということを述べているのです。「般若心経」もおなじです。
私たちは生まれ落ちるとすぐ、母親の乳首を探します。お母さんのお腹の上に乗せてやるとずれ上がってきて、ちゃんと乳首に到達します。……これは本能として脳の中に記憶されていることで、赤ちゃんが考えてやっていることではありません。
けれどもこの傾向はどんどん強くなり、私たちは、自己と他者、自分と他のものという二元的な考え方に深入りしていきます。元来、自分と対象物という見方をするところに執着が生まれ、欲の原因になります。……
ところが一元的に見たらどうでしょう。二元的なものの見方になれてしまった人には、一元的にものを見ることはたいへんむずかしいのです。でも私たちは、科学の進歩のおかげで、物事の本質をお釈迦さまより少しはよく教え込まれています。
私たちは原子からできています。原子は動き回っているために、この物質の世界が成り立っているのです。この宇宙を原子のレベルで見てみましょう。私のいるところは少し原子の密度が高いかも知れません。あなたのいるところも高いでしょう。戸棚のところも原子が密に存在するでしょう。これが宇宙を一元的に見たときの景色です。一面の原子の飛び交っている空間の中に、ところどころ原子が密に存在するところがあるだけです。
あなたもありません。私もありません。けれどもそれはそこに存在するのです。物も原子の濃淡でしかありませんから、それにとらわれることもありません。一元的な世界こそが真理で、私たちは錯覚を起こしているのです。
このように宇宙の真実に目覚めた人は、物事に執着するということがなくなり、何事も淡々と受け容れることができるようになります。
これがお釈迦さまの悟られたことであると私は思います。もちろん、お釈迦さまが原子を考えておられたとは思いませんが。ものごとの本質を見抜いておられたと思います。現代科学に照らしても、釈尊がいかに真実を見通していたかということは、驚くべきことであると思います。
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