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 和泉式部(いずみしきぶ)。平安中期の女流歌人。大江雅致(まさむね)の女(むすめ)。和泉守橘道貞と結婚、小式部内侍を生む。冷泉院の皇子為尊(ためたか)親王(977~1002)・敦道(あつみち)親王(981~1007)の寵を受け、両親王薨御(こうぎよ)後は、一条天皇中宮彰子に出仕。のち、藤原保昌(958~1036)と再婚、夫の任地で没。恋の哀歓を直截(ちよくせつ)に詠んだ女性として名高い。生没年未詳。著「和泉式部日記」、家集「和泉式部集」。(大辞林 第三版)
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 23日。8時半ごろ新京極通に近いホテルを出て、まだシャッターが閉じられている店の多い新京極通をぶらぶら。あとに句会を控えていない気楽さで4月の京都をどう楽しもうかとワクワク。いつもならまず気の利いた喫茶店でモーニングを注文するのだが、ホテルのサービスでもらった菓子パンがあるのでそれをまずやっつけねばならない(笑)
 すこし歩くと右手に 誠心院。和泉式部寺と書かれていることに惹かれて入る。(適当に吟行先が決まるのよね)
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 下記は誠心院ホームページから(一部)。
誠心院について
 京都の中心地、新京極通り  初代の住職は平安の歌人和泉式部
 華獄山東北寺誠心院と号する真言宗泉涌寺派の寺で、以前は「誠心院(じょうしんいん)」の呼び名で親しまれていましたが、戦後、先代住職の頃から「せいしんいん」と呼ばれるようになりました。 関白藤原道長が、娘の上東門院彰子(藤原彰子)に仕えていた和泉式部のために法成寺の中、東北寺に建立したお堂(小御堂)が「誠心院」の起りとされています。
 初代住職の和泉式部は、才色兼備としても有名な平安中期の代表的な歌人であり、勅撰集に収められている和歌は、実に二七四首にも及んでいます。

和泉式部について 
   生没年不詳であるが、生年は天延2年(974年)~天元元年(978年)の間とするのが通説である。平安時代中期の歌人。中古三十六歌仙の一人に数えられる。

 大江雅致の娘。和泉守の橘道貞の妻となり、父の官名と夫の任国とを合わせて「和泉式部」と呼ばれた。この道貞との間に娘 小式部内侍を儲ける。夫とは後に離れるが、娘は母譲りの歌才を示している。 まだ道貞の妻だった頃、冷泉天皇の第三皇子である為尊親王との熱愛が世に喧伝される。為尊親王の死後の翌年、その同母弟である「帥宮(そちのみや)」と呼ばれた敦道親王の求愛を受ける。この求愛は熱烈を極め、親王は式部を邸に迎えようとし、結果として正妃が家出するに至った。
 敦道親王との間に一子永覚を儲けるが、兄と同じく、敦道親王も寛弘4年(1007年)に早世する。服喪を終えた式部は、寛弘末年(1008-1011年)頃から一条天皇の中宮藤原彰子に女房として出仕を始めた。この頃、同じく彰子の周辺にいた紫式部・伊勢大輔・赤染衛門らとともに宮廷サロンを築くことになる。四十歳を過ぎた頃、彰子の父藤原道長の家司藤原保昌と再婚し、丹後守となった夫とともにその任国に下った。万寿2年(1025年)、式部に先立ち娘の小式部内侍が死去。式部晩年の詳細は知られていない。

             和泉式部誠心院専意法尼の墓所 (宝篋印塔)
 わらわがすみかも他所ならず。 あの石塔こそすみかにてさむらへ。 不思議やなあの石塔は和泉式部の御墓と こそ聞きつるに そもすみかとは不審なり。』 (謡曲 誓願寺より)

 「和泉式部、紫式部、清少納言、赤染衞門、相模、などいふ當時の女性らの名を漠然とあげるとき、今に當つては、氣のとほくなるやうな旺んな時代の幻がうかぶのみである。しかし和泉式部の歌は、輩出したこれらの稀代の才女、天才の中にあつて、容易に拔き出るものであつた。當時の人々の思つた業(ごふ)のやうな美しさをヒステリツクにうたひあげ、人の心をかきみだして、美しく切なくよびさますものといへば、いくらか彼女の歌の表情の一端をいひ得るであらうか」(保田與重郎『和泉式部私抄』)
続きは次回



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