川柳論(川柳瓦版の会会長前田咲二)
選者の大切さ
…… 選者はベテランで選句眼のしっかりした人ばかりとは限らない。柳社によっては会員の中から予め順番に選者を割り当てているところがある。そうしないと会員を辞めてしまうからだ。
悪貨は良貨を駆逐する。かくしてだんだん川柳をつまらないものにしてしまう。
選者の問題は、ひとり小集の句会に限ったことではない。権威ある大会でも首を傾げるような選者の名前を目にすることがある。川柳を盛んにするのも駄目にするのも一に選者と、その選者を選んだ団体(結社)に責めがあることを心に銘ずべきである。
初代・柄井川柳は、一回の寄句(応募句)の数が二万五千句を超え、立机から没年までの三十三年間に約二六〇万句の寄句があったという。それも、卓越した選句眼と温和な人柄、公平な選句態度が投句者の人気を集めたからにほかならない。(川柳マガジン「柳豪のひとしずく」より抜粋)
選者にはなれても、誰もがよい選者になれるわけではない。川柳が「文芸」として生き残るためには、地方でも大会には少なくとも二人(できれば三人)、誰もが認めるすぐれた選者に選をお願いすること。有望な新人の発掘を兼ねて。(たむらあきこ)
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現在の川柳界に停滞感もしくは後退感を感じる一因は、川柳の文学性を前進させようとする才能型より組織を維持、拡大していく実務型の指導者が多くなったことではないでしょうか。
いまだに、句の良し悪しではなく句箋の字のクセから作者を理解して抜句している選者が少なからずいる、という事実がすべてです。
月波与生さま
組織を維持するためには、平等性を損ねてでもそういうことをするわけですね。
そこから、句会大会は腐り始めます。
没が嬉しい参加者はおりませんから。
でも、そういうことをしだすと、そういうことがすべてで自他の句を研くということがおざなりになる。
才能を伸ばすどころか、「出る杭は打たれる」状況すら生まれる。
清記選、各題に選者が複数の選というのはそのあたりの状況を解消するために考えられたことですね。