山頭火の句が語りかけるもの❶
種田山頭火の俳句(29句)
沈み行く夜の底へ底へ時雨落つ
労れて戻る夜の角のいつものポストよ
分け入つても分け入つても青い山
鴉啼いてわたしも一人
木の葉散る歩きつめる
ほろほろ酔うて木の葉ふる
どうしやうもないわたしが歩いてゐる
捨てきれない荷物のおもさまへうしろ
秋風の石を拾ふ
笠も漏りだした...【続きを読む】
「ふくろうの湯」で(マスクで)歓談
「ふくろうの湯」での湯治も去年からかなりの回数になった。本日は14時半に自宅まで車で迎えにきてくれた〇子さんと二人、フォルテワジマ(元丸正)の上階をしばらく探検?後、地下の「ふくろうの湯」まで。19時過ぎ?まで「ふくろうの湯」と横の食事処「味和囲」で遊んだのね。
温泉に入る前に「味和囲」でまず...【続きを読む】
新型コロナ禍の中の川柳(執筆:たむらあきこ、「大阪文化」№87から転載)
新型コロナ禍の中の川柳 たむらあきこ
新型コロナの感染拡大により、従来の方式による文化芸術活動が制限されている。川柳も新しい生活様式に則った活動方法を考えていかないといけない。
ユーチューブなど動画配信サイト、ほかビデオ会議アプリのズームを活用する方法もあるが、これは...【続きを読む】
川柳と俳句、二つの文芸ジャンルの句会と嘱目吟
川柳の句会は、複数の人々が自作の句を出し、選者の選を経て評価され、披講を聴くことによって自他の句を鑑賞するために行われる集まり。多くの場合、句評は無い。互選もあるが、選の多くは一題につき一人の選者によるもの。二人以上の選者による共選もある。
対して俳句の句会は、あらかじめ決められた数の句を小短冊...【続きを読む】
しんぶん赤旗、「読者の文芸」川柳欄(1月5日(火)付、たむらあきこ選)
雪道に足跡がない元気かな 秋田県 柴山 芳隆
〈評〉1人暮らしの隣人だろうか。やさしい作者は、いつもの足跡がないことが気掛かり。高齢社会は互いの気配りで支え合わねばならない。
会釈してくれたマスクは誰だろう 東京都 松澤 巌
弱者へとこんなに刺さるコロナの矢 福島県 佐藤 隆貴
カラスにも...【続きを読む】
たむらあきこの現在地‥「蛇腹路(じゃばらみち)」(川柳マガジン1月号「特別十句詠」から転載)
蛇腹路 たむらあきこ
長月のくぼみに月はかくれたか
愛しすぎたか疎(うと)まれているらしい
文脈を逸れては悔いも伝わらぬ
音へ戸をあける雨ではない瀬音
川幅をだんだん狭くして生きる
過去がまた糸ひくひとりいる時間
あれからの水をかぞえる指を折る
わたくしのなかに残っている指紋
ゆく...【続きを読む】
暖かい色の電球に替えて
LED電球になんと色を塗ることができるみたいなのね。これは安全性の面からみてどうなのかと。で、調べると「ランプペン」というのがあるようなのね。
このランプペンはマニキュア感覚で簡単に塗ることができるのだとか。透明なので、クリア電球や普通蛍光灯に塗ればカラー電球やカラー蛍光灯に変えることができるよ...【続きを読む】
草木塔(種田山頭火)より
草木塔(そうもくとう)―山頭火が晩年に自選した一代句集―
種田(たねだ)山頭火(さんとうか)(1882~1940)の自選句集。 昭和15年(1940)4月28日、東京の八雲書林より刊行。第一句集から第七句集(『鉢の子』『草木塔』『山行水行』『雑草風景』『柿の葉』『孤寒』『鴉』)までを集成した一代句集...【続きを読む】
湯治のこと(山頭火を思いながら)③
「ふくろうの湯」は地下1,500メートルから湧出する日本有数の天然炭酸泉なのね。遊離二酸化炭素を1リットル中に1,430ミリグラム、溶存物質を38,110ミリグラム含有するのだとか。濃度が非常に濃く「療養泉」に分類されるのね。湯に溶け込んだ高濃度の炭酸ガスが皮膚から吸収され、血管を拡張し血行を促進...【続きを読む】
湯治のこと(山頭火を思いながら)②
湯治とは、温泉に通ったり滞在したりして病や傷を癒すこと。温泉療法の歴史はかなり古くて、医学が未発達だったころは温泉療法が大きなウェートを占めていたのね。
ずいぶん少なくなったが、いまも風呂のない家に住む人は銭湯に通っているわけで、そういう銭湯ではないほんもの(かけ流し)の温泉が近くにあるというこ...【続きを読む】
湯治のこと(山頭火を思いながら)①
コロナ禍がなんとか終息すれば、山頭火のゆかりの地をたずねる「山頭火吟行」にでかける。赤太字の地を中心に足跡を辿る。句は、五七五と七七(短句)で詠む。“自粛”中の時間を有効に使って、山頭火の遺した日記や句をていねいに読み返してみようと思う。今年の出版予定は『たむらあきこ吟行千句』だが、さいごにそこに...【続きを読む】
年賀状について
目を覚ますと2時12分。仕事をしていて、パソコンの画面が見えなくなるほど目が疲れてしまったので、横になっているうちに眠ってしまったのね。いつものことだけれども。
わたしは、いただいたお手紙をたいせつにしている。書くことをたいせつにしているので、書かれたものも同様にたいせつに思うのである。メールを...【続きを読む】
明けましておめでとうございます
明けましておめでとうございます
生 き て い く 狼 煙 い く つ も 抱 い て い る 前 田 咲 二
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年末年始を新型コロナの感染拡大が深刻な状況で過ごすことになりました。残念ながら、三が日も例年の行動を控えねばならないこと...【続きを読む】
どうか、無事でいてほしい
仕事をはんぶん済ませてからちょっと掃除、そのあと15時半頃いつもの「ふくろうの湯」(徒歩10分)まで。じつは、なんと年末なのに給湯器が故障(もう30年以上使っているから、寿命かな)。「ふくろうの湯」に通うのは湯治でもありますが、それがなくてもしばらく通わないといけない。ま、近くに「ふくろうの湯」が...【続きを読む】
とうとう年末(だけれども)
いまから今年最後の仕事、しんぶん赤旗「読者の文芸」川柳欄の選(1/19掲載)。たぶん今日明日あたり出版社からの仕事がもう一つ届くので、いつも通りの優先順位(仕事第一)で、年末も仕事。
それが終われば、少々掃除。ごみ屋敷にならないように(いまもほぼごみ屋敷?)、断捨離が必要なのね。先日も傘を三本ば...【続きを読む】
自分の人生は、自分がデザインする
コロナ禍の今年、いちばん残念なことは作句数が千句ほどにとどまっていること。“自粛”中なので時間があっても、創作に結びつく刺戟が足りない。ただ句の選をしたり、何かを読みかつ書いている。読書は、わたしに対しつねに問題提起をしてくれる。
例えば、人間にとっての幸せとは何かとか。どうすれば幸せになれるの...【続きを読む】
川柳は、何処へ(コロナ後の川柳)
今年は、新型コロナウイルスが句会大会ほかすべてのかたちを変えてしまった。もちろん川柳の世界だけではない。
作句は基本的に個人で行うものだが、句会という形式を中心に据えることによってメリハリがつくところがある。私自身、20年以上句会派でやってきた。しかしコロナ禍で人が集まることを避けなければならな...【続きを読む】
川柳という、自由で熱いフィールド
川柳は、五七五の定型詩。俳諧連歌から派生した近代文芸なのね。おなじ五七五の音数律をもつ俳句が発句(ほっく)から独立したのに対し、川柳は前句付け(前句附)の付け句が独立したもの。
江戸中期の俳諧の前句附点者だった柄井川柳が選んだ句の中から、呉陵軒可有が抄出した『誹風柳多留』(はいふうやなぎだる)が...【続きを読む】
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