Loading...Loading...

 いま・かつて・これからをつなぐ細い糸のように、亡くなった人の気配はふとした拍子に胸の底で揺れる。季節の変わり目のにおい、朝の光の角度、湯気の立つ茶碗の重み。そのどれもが、故人の不在をそっと撫でていく。思い出は過去に属しているはずなのに、いま私の呼吸の中にまで入り込み、未来へ向かう足取りに影を落とす。けれどその影は暗いだけのものではない。故人の生きていた証が、私の中で静かに形を変え続けているのだと思う。

 《水音がいつもわたしの中にある》という(私の)句が、ふいに胸の奥で響く。「水になるとは死ぬことだ」と、あなたは笑いながら言っていた。形をもたず、掬えばこぼれ、しかし流れ続ける。あなたはもう私が触れることのできないところへ行ったのに、その水音だけは私の内側で絶えずさざめいている。過去のあなたが落とした一滴が、いま私の心に波紋を広げ未来の私の歩みにまで届いていく。

 追憶とは時間を逆行することではなく、いまに至る時間を貫く細い水脈のようなもの。過去のあなたはいまの私の中で生き、未来へ私をそっと押し出す。あなたが水になったのなら、私はその水を抱えたまま歩いていく。こぼしそうになりながらも、こぼれた分だけ世界が潤うかもしれないと。

 あなたを想うたび、胸の奥でまた水音がする。あなたがいなくなった世界で、それでも私が生きていくための静かな道しるべのように。

ポストする LINEで送る ブックマーク
❤️ ひざポン
ありがとう!

気軽にポチっと
どうぞ(無記名)

⦅3797⦆あなた(故人)を想う‥《水音がいつもわたしの中にある》”にコメントをどうぞ

  1. 月波与生 on 2026年3月5日 at 4:57 PM :

    北風よ獅子の目尻にたまる水 時実新子

    水の一滴は本人だけが知る重さ。例えようがありませんね。

  2. たむら あきこ on 2026年3月5日 at 5:33 PM :

    月波与生さま
    心を開いて話せる人がなかなかいない、この世。
    わずかにかかわれた人たちに逝かれるほど悲しいことはありません。

    >北風よ獅子の目尻にたまる水
    さすが時実新子、いいですね。
    7日の“「現代川柳」通巻100号記念川柳大会”、行けるかなと思って予定していましたが、都合で行けません。
    与生さんは、行かれますか?

    • 月波与生 on 2026年3月5日 at 9:56 PM :

      あきこさんとお会いできるのはたぶん来年(2027年)の東京で開催される全国大会になるのではないかな。
      縁があればその前にどこかでお会いするかも、、、笑。

  3. たむら あきこ on 2026年3月5日 at 10:23 PM :

    月波与生さま
    おたがい、がんばりましょう。
    入ってしまった世界ですから。(笑)

たむら あきこ へ返信する コメントをキャンセル

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

Post Navigation

Copyright All rights reserved. SHINYOKAN PUBLISHING illustration by Nakaoka.K