20日は、早稲田大学エクステンションセンター川柳講座。
春講座は、「早稲田句会」を目指して、選の基本的考え方と選の作法。選者としての仕組みを考えることにより、作家の発想や考え方へ新しい刺激を与えようというもの。
ベテラン勢にとっては、繰り返しの確認的な内容だが、初めて参加された方もおり、ちょっと心配だった。
が、「とても面白く、興味深かった」などと言って頂ければ、ホッとするところ。
次回から、作者と選者の役割を実践しながら、句会という伝統的なシステムを学び、さらには、明日の川柳に意識を持った「選」という課題について深めていく予定。

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「選者としての仕組みを考えることにより、作家の発想に刺激を与える」という設計が、まさに川柳の本道だと思います。
先日、青森市の川柳大会で「川柳は素人なので」と断る映画批評家が選者を務めるという場面に居合わせ、選者の資質と任命責任について考えさせられたばかりでした。参加者も選者もハッピーになれない披講とはああいうものか、と。
その翌日のようにこの記事を読み、選と作の相互作業を丁寧に積み上げていく早稲田の講座に感銘を受けました。
ありがとうございます。
もちろん、川柳を経験しない方が選者になってもおかしくないのですが、その際は、事前に専門家の目を通った、最低水準を持つ作品からの選をお願いするのが良いのだと思います。
公募川柳でも、事務局が荒選りをしてくれたものがありましたが、受賞に値する良い句が一句も無かった…という経験があり、私が受けた公募では、先にこちらで絞って、社長さんやゲストの選者さんに「賞」を選んでもらう選考会形式をお願いしています。
もちろん素人でも選をすることは可能と存じます。特に一芸に優れた方は、その面でのモノサシを川柳に使って頂ければ、専門川柳家の高点とはまた利がう面を見出して頂ける可能性があります。
でも、句会では、鑑賞力と批評力なくして、選者をしてしまうと、映画監督という素人さんよりも悪い「私の好みでいただきました」ということに陥ってしまいます。
選は、明日の川柳の在り方をも左右しかねない行為です。「句会ごっこ」というのなら、楽しめればよいので、気にすることは無いと存じますが、意識を持った組織では、仰るように選者を選ぶ際にも、その組織自体が責任を感じながらしなくてはいけませんね。