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21日、川口川柳会。
発足3年目。4月から新年度で、総会が行われました。
会長、役員の継続が決議され、不東会長の新年度に対する思いが語られました。
新しい会員が、昨年の文化祭を見て入りたいということで加わり、また、入院していた二人が無事に会に戻ることによって、賑やかな雰囲気になりました。
新年度ということで基本に戻り、誹風柳多留初篇の句を中心に古川柳を味わうところから始まり、高番、中番、末番の句をそれぞれ鑑賞しました。古い句ですが、内容的にも技術的にも見習うポイントがあることを学び、その眼を持って会員の創作作品を評してみました。
日に日に川柳の面白さを深め、自作や他者の作品を味わう事に楽しみを見つけ、さらに課題吟の互選で、選や句評の基礎を身に付けています。

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川口川柳会 3年目で柳多留に回帰”にコメントをどうぞ

  1. 月波与生 on 2026年4月21日 at 7:48 PM :

    理論より実作、古川柳を学ぶよりまず創作という川柳会が多い中で、古川柳の鑑賞から創作・批評へと導く講座設計は、古典を「過去の遺物」としてではなく現在の創作に接続する実践として、際立った魅力があります。文化祭を見て入会を決めた新会員の存在が、その証明ではないでしょうか。

  2. 尾藤 川柳 on 2026年4月22日 at 12:32 PM :

    ありがとうございます。
    これは、私どもが師匠ないし先輩から学んできた川柳へのアプローチをそのまま継承しているだけです。
    「まず柳多留初篇を読みなさい」というのが、先輩の指導の第一歩でした。それが継承されなくなっているだけでしょう。
    また、「古川柳を学ぶより創作」というなら、まだましなんですが、「創作」ではなく、「句会吟」づくりだけが目的になっている事が問題です。
    「創作」は、作者自身の内側から出るほとばしり出あり、頭の中だけでこねくり回す「課題吟」「句会吟」とは、少し違うものかと存じます。
    どうぞ、良い指導法を実践し、文化・文芸としての川柳が広まりますよう、お力をお貸しくださいませ。

  3. 月波与生 on 2026年4月22日 at 2:34 PM :

    「創作とは作者自身の内側からほとばしり出るものであり、頭の中でこねくり回す『課題吟』『句会吟』とは少し違う」——まさに目から鱗の言葉です。大会で発表される句にしばしば時代性の乏しさや停滞感を覚える理由が、ここに言い当てられている気がします。

    • 尾藤 川柳 on 2026年4月22日 at 9:20 PM :

       いつもありがとうございます。
       私の言う「創作」は、「川柳はいふう」であれば、「縁江集」「白鹿集」と入門の「紅爐集」にあたるもので、課題による競吟ではなくつくられた作品、かつては、「雑詠」と呼ばれたもので「自由吟」とも言いますが、「自由吟」というと、句会で落ちた句を出してくる方もあったので、自由という事をかけ「創作」と呼んできました。
       尾藤三柳もこの分野を一番大切にしていました。十五世川柳の脇屋師匠も、自分の句を雑誌に寄せる時は、いつも「習作」と題して送られてきました。
       一生習作のつもり・・・という事を言っていらっしゃいました。
       秀作だから句集は作らないとも言われました。
       課題によらない作品を大事にしてきた先輩、師匠についてきましたので、私も創作を大切なものと考えていますが、何せ忙しすぎて、自作を練る時間が寡ないのが悲しい所です。
       作家は、この分野を大切にすることが肝要かと存じます。

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