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高村光太郎の「僕の前に道はない」という詩をいつも心に思い浮かべていた。自分には道というほどのものはないが、作品がある。
作るということは、続けるということです。道と同じ、ここで終わるということがない。道は山と違って延々と続いている。
プロというのは、どんなときでもそれをやり抜いてびくともしないでやっているものです。それが一流の仕事人。甘えたり、引きずっているようではだめです。
 
自分の好きな歌を自分流で書いた。根無し草と酷評されたが、根があったら才気煥発になれないと思った。楷書の一部をとってカタカナにし、漢字のくずし字をとってひらがなをつくった。
 
抽象画は想像する芸術。具象は見てわかる、理解するもの。抽象は理解するものではなく感じるもの。想像力を誘いだす。
 
墨はいつも裏切ります。人生を芸術的に表しているのが、墨の芸術です。手なずけられない。墨には幅がある。墨は粒子が細かくて軽いから水にあたるとどういう動きになるか予測がつかない。墨は火でつくられて、水で生きる。富士山と同じ。墨の線は私の心のあとです。私が消えても作品はこの世に残る。つくったものが、私という人の「あと」です。一本の線一本の線が一期一会です。独創性を得るためには、考え方や生き方を自由にする。自由な気持ちを持つ。
 
日本の文化は老いの芸術が多い。邦楽、落語、日本舞踊、歌舞伎、能。花時が短くない。自分はゲテモノですが、まがいものではないつもり。

こんなに長く生きるとは思わなかったから、この身の処し方は、参考にする人がいなくて戸惑います。百歳以上生きて仕事を続けている人は、ほんとうに少ない。人生というものをトシで決めたことはないです。長生きの秘訣はトシのことを考えないこと。忘れているんですよ。いつ死ぬかなんていう不安を持つと、かえって体に悪いんじゃないかしら。
 
自分というものを表現する場を持っていることは、精神衛生上、非常にいいのかもしれない。私は自由です。自らに因って生きていますから。結婚してよその家に依って生きることが恐かった。そのなかに入れば、自由はない。



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