川柳ワゴン弁天町(短句の会)12月句会(選)‥《譲るはなしへ近い水音》~川柳天守閣12月句会(選)‥《蛇口ポトリわたしの果てが見えてくる》
南海和歌山市駅7時59分発特急サザンでなんばまで。徒歩7分、四つ橋線難波駅から西梅田まで。駅前第2ビル5F、大阪市立総合生涯学習センター第9研修室まで。三成、慶一、卓、信也、半蔵門、美子、しげ子、和代、英夫、義泰、扶美代ほかみなさまとご挨拶。本日は仰せつかっていた宿題「待つ」の選。
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個人で予約していた大手のツアーをキャンセル。ホテルと航空券を別々に予約、台北に行くことにしました
昨晩からあれこれ考えていたのですが。日程と、費用の関係もあり、申し込んでいた大手のツアーをキャンセル。個人旅行としてホテルと航空券を別々に予約、先ほどピーチの往復チケットの代金をネットから払い込んだところなのね (※往復21,980)。
あらためて取ったホテルは評判のいいビジネスホテル (※朝食...【続きを読む】
3月3日(2019)の 台湾川柳会25周年記念大会参加(&台北吟行)へ向けて渡航準備をはじめる
下記は、江畑哲男氏のブログ(9月11日)から無断拝借。(__) (幾分内容が変わってきていると思います)
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① 旅程は、3月2日(土)~5日(火)=基本(3泊4日)、とします。
② 3月2日(土)午前成田発、台北着。午後 台北市内を観光。
3日(日)台湾川柳会25周年記念...【続きを読む】
手のなかに師・前田咲二【47】‥《ぼくを焼くけむりは花の咲くように》(前田 咲二)
※時間がないので、少々急いでまいります。20時37分。いつものドトールから戻ってまいりました。今日のドトールでの仕事は、1月13日(日)の 川柳塔わかやま吟社句会の宿題の作句。あきこにしてはすこし早いのですが、忙しくなることを見越しての作句。17時半頃から3題37句、半時間ほどでできたので、あと推敲...【続きを読む】
手のなかに師・前田咲二【46】‥《なあ影よすこし離れてくれないか》(前田 咲二)
※時間がないので、少々急いでまいります。いま夜中の3時22分。目が疲れたら横になり、眠ってしまうこともあるが、いろいろ考えごとをしていて眠れなかった。暗闇で目を閉じているだけでも目は元気になるので、起きて再び遺句集の入力にかかる。目が乾いているが、自然としっかり涙が出て眼球をうるおしてくれる。まずは...【続きを読む】
手のなかに師・前田咲二【45】‥《紙ヒコーキ 争いのないあたりまで》(前田 咲二)
※時間がないので、少々急いでまいります。時事川柳専門結社である「川柳瓦版の会」へは、かなり抵抗いたしましたが(笑)、先生に押し切られて同人になった格好です。「時事川柳を制する者は川柳を制する」とか、「〈私〉の川柳もいいが、時事川柳で句の幅が広がる」などと熱心に勧めていただいたのね。それでも渋っている...【続きを読む】
手のなかに師・前田咲二【44】‥《切り口に憎しみすこし愛すこし》(前田 咲二) ※平成16年度に入ります
※時間がないので、少々急いでまいります。いま5時半。そとは雨が降っています。目が疲れて、横になって休んでいるうちに眠ってしまったのね。あまり寒くないのは、炊飯器を保温の状態のまま眠ってしまったからかな。十年があっという間だということは、最近しみじみ。『前田咲二遺作集(仮)』を出して、『たむらあきこ吟...【続きを読む】
手のなかに師・前田咲二【43】‥《梅が咲いている人間が住んでいる》(前田 咲二) ※平成15年度はこれで終わりです
※時間がないので、少々急いでまいります。平成19年の夏、大阪の展望句会でお声をかけていただいたのが前田咲二先生との初めての出会い。そのときわたしが秀句、先生も秀句を取られました。次にお会いした堺番傘句会でもわたしが秀句2句(だったか?)、先生も秀句を取られたのね。句会の席で『帰りに(瓦版?)同人の皆...【続きを読む】
手のなかに師・前田咲二【42】‥《神様がくれる勲章ならもらう》(前田 咲二)
※時間がないので、少々急いでまいります。18日に久しぶりに句会(川柳マガジンクラブ大阪句会12月句会)で大阪市中央公会堂にまいりました。前田先生が亡くなられて一年余り。(昨年9月27日に亡くなられたのね) 先生の声はいつもこころにあるのです。(いつかそれを書くこともあると思います) 地下鉄の淀屋橋駅...【続きを読む】
手のなかに師・前田咲二【41】‥《半分は光で半分は闇だ》(前田 咲二)
※時間がないので、少々急いでまいります。まず前田咲二師の遺作集出版を終えなければ次の『たむらあきこ吟行千句』推敲にもかかれないのね。前回の『たむらあきこ千句』は、推敲に3年をかけております。「時間がない」と、最近思うのはそればかり。お手紙への返事ができていないことを、どうぞお許しください。(__) ...【続きを読む】
川柳マガジンクラブ大阪句会 12月句会(2018/12/18)‥《沈黙の別れが冬を深くする》
川柳マガジンクラブ大阪句会はあきこの大阪での原点、ホームグラウンドのようなところ。なんと今回は第147回だとか。嶋澤喜八郎氏が代表世話人をつとめておられる。あきこは、初めの頃からの参加者。(その頃からの柳友で本日出席されたのは喜八郎、幸雀、真理子の各氏) 出席者も少しずつ変わっていったが、厳しい句...【続きを読む】
(つづき)長谷川等伯(京都・智積院)吟行25句 (2018/12/12)‥《炎えている沈黙 楓図(かえでず)のなかの》 推敲中
長谷川等伯(京都・智積院)吟行25句 (2018/12/12)
楓図の中から等伯のもしも
楓図が訣(わかれ)へ翳を抱いている
久蔵のたましい 桜図のさくら
あの世この世を 八重のさくらが咲きほこる
炎えている沈黙 楓図のなかの
老木へも夢ひとひらは訪れる
起き上がり小法師の影を生きている
楓桜 父子...【続きを読む】
長谷川等伯(京都・智積院)吟行25句 (2018/12/12)‥《炎えている沈黙 楓図(かえでず)のなかの》
3歳で亡くなった秀吉の嫡子・鶴松の菩提寺・祥雲寺の大仕事が等伯のもとに舞い込む。派の長である永徳を亡くし動揺を隠し切れないでいるところに、「京都第一の寺」と言われた祥雲寺(智積院)障壁画の大仕事を等伯率いる長谷川派に持っていかれた狩野派の憤りは、計り知れないものであったと思われる。等伯は、永徳を強...【続きを読む】
手のなかに師・前田咲二【40】‥《いくたびの戦火くぐってきた仏》(前田 咲二)
※時間がないので、少々急いでまいります。写真は徳島市・東照寺の、戦火を逃れ現存する地蔵菩薩半跏像。ため息が出るほど美しいので、拡大してみてください。
『前田咲二遺句集 平成15年』【40】
脛かじる息子から来たお中元
SARS終息マスクをブラジャーに戻す
なにがつらいと言うても老母さんの涙
だしぬけ...【続きを読む】
新家完司先生の「名句を味わう 理論と鑑賞」に載せていただきました‥《喪中ハガキ 輪ゴムでとめて酌んでいる》(たむらあきこ)
川柳マガジンに現在連載中の、新家完司先生の「知っておきたい・味わいたい・伝えたい川柳の名句。名句を味わう 理論と鑑賞」(12月号)に採り上げていただきました。刊行は来年?とか。先生、(遅ればせながら)ありがとうございました。下記は先生の鑑賞文。
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喪中ハガキ 輪ゴムでとめ...【続きを読む】
手のなかに師・前田咲二【39】‥《枕裏返して夢を裏返す》(前田 咲二)
※時間がないので、少々急いでまいります。
『前田咲二遺句集 平成15年』【39】
肝臓は強いが心臓は弱い
明日のことは何にも考えていない
家族団欒 描く絵の具が足りません
パズルのように原風景を組み立てる
七畳半というけったいなぼくの部屋
コンテナに一国主義が詰めてある
恋すすむ畳で死ねぬかもしれぬ...【続きを読む】
手のなかに師・前田咲二【38】‥《カーネーション代りに庭の花手向け》(前田 咲二)
※時間がないので、少々急いでまいります。
『前田咲二遺句集 平成15年』【38】
戦争終結 長い廊下が待っている
手当り次第にページを繰っている焦り
年齢の違いに油断してしまう
無一物という豊かさもあるのです
信楽の狸の腹を嗤えるか
カーネーション代りに庭の花手向け
長生きをしてやる国がその気なら
...【続きを読む】
手のなかに師・前田咲二【37】‥《日本の顔でうどんを食べている》(前田 咲二)
※時間がないので、少々急いでまいります。
『前田咲二遺句集 平成15年』【37】
花粉症兼流感の大マスク
また一つ時効が罪を消してゆく
いただいた釘煮へ白いめしを炊く
みんなに聞かすために一人を叱っている
箱を出て息ととのえる内裏雛
豆満江の浅瀬を渡る民がいる
北朝鮮のアナウンサーが吼えている
あの...【続きを読む】
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