川柳の横綱・前田咲二遺句集(平成4年)➍‥《ちびた鉛筆を上手に削る父》
※時間がないので、少々急いでまいります。良しあしとは別に採っている句があります。先生のものの考え方が出た句、故郷・新宮のことを詠んだような句。先生は新宮中学から江田島の海軍兵学校へ進まれました。東大・京大とは言わなかった時代で、よくできる生徒は海兵(海軍兵学校)か陸士(陸軍士官学校)へというのがふつ...【続きを読む】
川柳の横綱・前田咲二遺句集(平成4年)❸‥《津軽三味ひびけば雪が湧いてくる》
※時間がないので、少々急いでまいります。先生は昭和元年(大正14年)10月15日生まれ。平成4年の誕生日で66歳になられるのね。入選率は少しずつ高くなり、平均すると5割強というところでしょうか。
『前田咲二遺句集 平成4年』❸
伝記閉じる余韻を壊さないように
大阪弁の毒舌が憎めない
男を誘うような...【続きを読む】
「入選作品集」(第33回 国民文化祭・おおいた2018 湯けむりたなびく温泉地別府 川柳)から
平成30年10月21日(日)。国文祭の当日投句「香り」(田中寿々夢氏選)、《一本のペンからにんげんが香る》で文部科学大臣賞をいただいた。帰りの船のことが気になって授賞式のあとすぐに会場を出たので、選者にもごあいさつできぬままだった。帰宅してから氏にお礼の電話をさせていただいた。
この賞は応募状況...【続きを読む】
【再掲】[蒙御免] 平成13年番傘川柳本社句会番付表 参加者259名中上位40名 行司 物種唯修 作成 上野楽生
先日「東の横綱、西の横綱」という題で19年前の番傘川柳本社句会の番付表を書かせていただいた。そのあと上野楽生氏から14年前の番付表を郵送していただいた。大番傘川柳本社句会の歴史の一コマとして、柳人にとっては興味深く見逃せないもの。お許しを得て、ここに一部を掲載させていただく(数字は年間入選句数)。...【続きを読む】
川柳の横綱・前田咲二遺句集(平成4年)❷‥《年金の暮らし無題の風が吹く》
※時間がないので、少々急いでまいります。最初から句にレベルがあったということでしょう。入選句数は平成4年8月までで平均して5割弱くらい。まだ秀句は一つだけ。「(川柳の)鬼」と言われた先生が句会で毎回のように秀句を取られるようになるのは、すこし先。
『前田咲二遺句集 平成4年』❷
ダメトラにいつ戻る...【続きを読む】
川柳の横綱・前田咲二遺句集(平成4年)❶‥《十字架に父の美学が掛けてある》 *俳句から短歌、最後に川柳を志された前田咲二師の初期(60代)の句です
※時間がないので、少々急いでまいります。前田先生は会社勤め(日本通運、経理部長で退職されたと伺っています)のかたわら毎日新聞の「毎日俳壇」さらに「毎日歌壇」に投稿。俳句で年間特選数70回という驚異的な数字を残されました。30代で「毎日俳壇賞」さらに「毎日歌壇賞」(註 どちらも年間賞)を取っておられま...【続きを読む】
手のなかに師・前田咲二【56】‥《パパにタッチママにタッチをして眠る》(前田 咲二) 平成17年分はこれで終わりです
※時間がないので、少々急いでまいります。平成17年分はこれで終わりです。
『前田咲二遺句集 平成17年』【56】
サーファーの舞台は壁のような浪
男の約束父ちゃんとしてきばる
弾むこころ押さえて爪を切っている
行方不明のわたしを知らないか月よ
西日いま飲みこめそうな柔らかさ
母さんのこころの灘を見て...【続きを読む】
川柳マガジン1月号(2019)「句集を愛でる楽しみと、この一句に出合う喜び 句集燦々」(松橋帆波氏)に拙句集『たむらあきこ川柳集2010年』をとりあげていただき、ありがとうございました。
以下、松橋帆波氏の全文。ありがとうございました。
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たむらあきこ川柳集「2010年」
転生の途中ですするかき氷
たむらあきこ川柳の、一丁目一番地を奏でる一冊。たむら氏の作品の魅力は、精神と肉体をつなぐ部分への、妥協を許さぬ視線であろう。その研ぎ澄まされた結晶は「一読明快...【続きを読む】
川柳クリニック Vol.19 No.04 (川柳マガジン12月号から転載 川柳クリニックDr. : たむらあきこ)
原=原句、添=添削句、参=参考句
原 清流も追従すれば濁り出す 市村 禎雲
「追従(ついじゅう)」と「追従(ついしょう)」に別けて添削。
添 追従(ついじゅう)するうち清流も濁りだす
添 お追従(ついしょう)受けて清流濁りだす
原 閉ざしてた学びの門を叩いてる 松本 理子
「閉ざしてた」「叩い...【続きを読む】
(2019) 1月の予定 (川柳関係)
(2019) 1月の予定
1月 6日(日) 阪南1月句会
1月 9日(水) 川柳グループ草原1月句会 京都泊
1月10日(木) 京都(未定)吟行
1月13日(日) 川柳塔わかやま吟社1月句会
1月17日(木) 川柳マガジンクラブ大阪句会 1月句会
1月21日(月) 堺番傘1月句会
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〚謹賀新年〛手のなかに師・前田咲二【55】‥《天国と地獄しかない賽をふる》(前田 咲二)
※時間がないので、少々急いでまいります。明けましておめでとうございます。本年もよろしくお願いいたします。年が改まっても仕事は続くということで、元日ではありますが、今年出版予定の『前田咲二遺句集』への抄出を続けていきます。
『前田咲二遺句集 平成17年』【55】
見比べるあなごが逃げる回りずし
遺骨収...【続きを読む】
〚謹賀新年〛手のなかに師・前田咲二【54】‥《わたくしの裏をきれいに掃いておく》(前田 咲二)
※時間がないので、少々急いでまいります。明けましておめでとうございます。本年もよろしくお願いいたします。年が改まっても仕事は続くということで、夜中に書いております。元日ではありますが、今年出版予定の『前田咲二遺句集』への抄出を続けていきます。(目覚めたら、目のハッキリしているうちにやはり一番は句の抄...【続きを読む】
手のなかに師・前田咲二【53】‥《星条旗 星の数ほど核の罪》(前田 咲二)
※時間がないので、少々急いでまいります。前田先生は飄々とした、ちょっぴり毒舌?の春風のようなかたでした。緻密な頭脳、ユーモアがあり、よく周囲を笑わせておられた。柳友の吉道あかね氏が「一流とはこういう人のことを言うんやと思った」と言っておられたが、そういうことだろう。和歌山市のある柳友も、「最高の男と...【続きを読む】
手のなかに師・前田咲二【52】‥《ひよこはや闘う姿勢もっている》(前田 咲二)
※時間がないので、少々急いでまいります。読売新聞の「よみうり時事川柳」欄を担当したいとの思いは、前田先生に「後継者として(瓦版に)来てくれ」と頼まれた平成19年の秋からもちろん持っておりました。そのことをお話しした有力同人のお一人からは、「あきこさんが引き継ぐなら、支える」とも言っていただいていたの...【続きを読む】
平成30年(2018)の大会でいただいた秀句 (特選・秀・天・地・人など)‥《一本のペンからにんげんが香る》
今年出席したのは、わずか11大会。酷暑だったこともあり、また9月半ばからは前田咲二先生の遺句集出版へ向けての句の抄出などで忙しかった。来年3月は台北吟行。昨年12月のインド吟行に続く、二度目の海外吟行。『たむらあきこ吟行千句』は、前田先生の遺句集出版の目途がついたあたりで本格的に推敲に取り組むこと...【続きを読む】
手のなかに師・前田咲二【51】‥《タイムカプセル笑顔を一つ入れておく》(前田 咲二) 平成17年度に入ります
※時間がないので、少々急いでまいります。前田咲二先生はおだやかでいつもいい笑顔でいらっしゃいました。とてもやさしいかただったのです。怒りの表情は入院しておられたときに一、二度。落胆の表情は、栴檀木橋の上で、読売新聞の「よみうり時事川柳」欄選者としてわたしを推薦する届を新聞社に出しておくと念を押された...【続きを読む】
手のなかに師・前田咲二【50】‥《笑ってごらんきっと相手も笑うから》(前田 咲二) これで平成16年分は終わりです
※時間がないので、少々急いでまいります。先生からの最後のお電話があったのは亡くなられる少し前、平成29年9月4日。先生の故郷新宮での吟行に出かける前日でした。「おれも(一緒に)行きたい」と、叫ぶような声でおっしゃったその声が、最後ということもあり耳底に残っています。江田島の海軍兵学校の頃の友人たちと...【続きを読む】
手のなかに師・前田咲二【49】‥《ぼくを焼くけむりはきっと輝くよ》(前田 咲二)
※時間がないので、少々急いでまいります。月例会が終わり、また編集会や校正会が終わると懇親会。そのあと京阪で寝屋川市駅まで先生とご一緒するのですが。いつも準急の優先席を探されるのね。目がよく見えておられないのに(左目は全然見えず、右目も目の中に黒い玉があるのだとか)、さっさと動かれるのです。着席してか...【続きを読む】
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