披講が始まる。選のよしあしは最初のせいぜい10句まで聴けばわかる。次の5句はその確認のようなもの。悪いと判断すれば、あとは脱力、黙って聞いているしかない。入選すれば呼名する必要があるので、全然聞かないというわけにもいかない。
面白いのは、句会場の雰囲気である。よい選者のときは、ぴりっと空気が張りつめて、耳を研ぎ澄まして聴いている様子が見てとれる。わるい選者のときが面白い。敬愛する川柳家は、15句ほどは辛抱して聞いておられたが、あと背中をよじらせ怒りを表しておられる。そのうち、会場のほうでもざわついてくる。
会場がざわつくほどのわるい選は、選の経験があまりない方に多いと思われるだろうが、そうでもない。勿論ここで名前を挙げるわけにはいかないが、結社の代表といった方のなかにもおられる。川柳瓦版の会会長の前田咲二の一文を挙げさせていただく。
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選者の大切さ
俳句に比べて川柳のいいところは、柳社間の交流がさかんなところである。隣の、そのまた隣の県にまで足を運んで句会に出席する。
ところが、「今日の選者はどうも」という声を耳にする。自信を持って作った句が没になったというのだ。選者はベテランで選句眼のしっかりした人ばかりとは限らない。柳社によっては会員の中から予め順番に選者を割り当てているところがある。そうしないと会員を辞めてしまうからだ。
悪貨は良貨を駆逐する。かくしてだんだん川柳をつまらないものにしてしまう。
選者の問題は、ひとり小集の句会に限ったことではない。権威ある大会でも首を傾げるような選者の名前を目にすることがある。川柳を盛んにするのも駄目にするのも一に選者と、その選者を選んだ団体(結社)に責めがあることをこころに銘ずべきである。
初代・柄井川柳は、一回の寄句(応募句)の数が二万五千句を超え、立机から没年までの三十三年間に約二百六十万句の寄句があったという。それも、卓越した選句眼と温和な人柄、公平な選句態度が投句者の人気を集めたからにほかならない。(写真:柄井川柳)(前田咲二)
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「選者を選ぶ」ことについては、またここに書かせていただくこともあるかと思う。個人的な感想としては、やはりよい句を(継続的に)詠まれる方がよい選をされていることが多い。入選も覚束ない方が選をされると、明らかに欠点のある句を採っておられる。
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