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キッチンのダンスブルースだけにする  大田かつら

 「ブルース」は、米国でアフリカ系アメリカ人の間から発生した音楽の一種。黒人霊歌、フィールドハラー(農作業の際の叫び声)や、ワーク・ソング(労働歌)などから発展したものとか。ギターを用いた歌が主役。ジャズやロックンロールのルーツの一つとして知られる。
 孤独感や悲しみを表現する歌。これらの感情は、英語ではブルーでたとえられることに由来するらしい。歌詞は身近な出来事や感情を表現したものが多い。十二小節にのせて歌われるが、自らに向けるように歌っているのが特徴だろう。
 ほとんどの主婦にとって「キッチン」はひとりでいることの多い空間。一日の多くの時間をここで過ごすため、憂鬱になることもある。加えておなじ動線を日々否応なく繰り返すことは、虚しい。家事労働とは、まるで終わりの見えない「ダンス」、あえて言えば刑罰のようなものと感じることもあるかも知れない。その気分はまったく「ブルース」そのものだと。

もうじきに忘れてしまうちりぬるを  辻  直子

 いろは歌とは、仮名を重複せずに使って作られた四十七字の誦文(ずもん)のこと。七五調の韻文となっており、のちに手習いの手本として広く受容され、近代に至るまで用いられた。
 〝いろは〟で始まるいろは歌は今様歌(いまよううた)という平安中期から鎌倉時代にかけて流行した新様式の歌謡。完成度の高い美しいリズムと表現で、人生の儚さや無常観が込められた歌として伝えられた。
 左記はいろは歌。
いろはにほへと ちりぬるを
わかよたれそ つねならむ
うい(ゐ)のおくやま けふこえて
あさきゆめみし え(ゑ)いもせす
 これを漢字かな交じり文にすると。
色は匂へど 散りぬるを
我が世誰ぞ 常ならむ
有為の奥山 けふ越えて
浅き夢見じ 酔ひもせず
 現代語に訳すと。
匂いたつような色の花も散ってしまう
この世で誰が不変でいられよう
いま現世を超越し
はかない夢をみたり、酔いにふけったりすまい
 有為(うい)は仏教用語で、因縁によって起こる現象、生滅する現象世界の一切の事物を指す。そのため、いろは歌には仏教思想が入っているといわれる。
 この句は、この世の無常を詠んでいる。「ちりぬるを」は花も散ってしまう、自分も同様にこの世からいなくなってしまうと。そして「もうじきに」この世に自分が生きていたことすら(自分も)「忘れてしまう」のだろうと。禅語に「散る桜 残る桜も 散る桜」(良寛)がある。桜の花の短さを思うにつけても、人の世の儚さを思わざるを得ないのである。

全身がキリッキリッと文語調  船水  葉

 文語とは、書き言葉のこと。口語の対。推敲しながら書くため、話し言葉に比べ硬い表現が用いられるのがふつう。言文一致以前に用いられていた、平安時代の文法に基づくものが文語文である。
 この句、自身か周囲の誰かの動作を堅苦しい「文語調」に喩えている。生真面目な人間像が「文語調」によって見えてくる。句に込められているのはいささかの自嘲か、あるいは誰かへの揶揄か。



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