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公会堂 下記は、昨年12月から今年2月までの「編集室」。
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【編集室】(2016年12月号)川柳界の第一人者尾藤三柳先生が10月19日にご逝去。暫く「巨星、墜つ」の喪失感の中にいた。川柳公論表彰句会ほかで何度かお会いし、ご挨拶程度の言葉を交わさせていただいただけだが、残念でならない。川柳マガジン文学賞で、応募7回のうち3回の一位をいただいたことをありがたく感謝している。このことが自身の川柳への自信につながったと思う。前田会長とは、読売新聞「よみうり時事川柳」欄の東西の選者として1年9か月時期を同じくされた。また川柳マガジンの「時事川柳」で約8年間共選をされた。(あ)

【編集室】(2017年1月号)人間の「器」ということを考えることがある。それぞれ生まれ持った、もしくは後から獲得した「器」。私は若い頃から趣味で通う邦楽の師匠などにもそういうことを(口には出さないが)求めてきた。《私を入れる器が見つからぬ》という句を詠んだこともある。反面一旦この方と思ったらどこまでもついてゆく。私淑させていただいた故尾藤三柳先生もそのお一人。いま師の川柳集を時間を見つけては読むために持ち歩いている。いままた敬愛する柳人お二人が病の床についておられる。この悲しみを語ることばもない。(あ)

【編集室】(2017年2月号)川柳家墨作二郎先生ご逝去。12月23日。26日のご葬儀に参列。「点鐘散歩会」でお世話になった。《わたくしのなかの傍観者に当たる》を川柳文学コロキュウム句会で秀句に採っていただいたことがきっかけで、声をかけていただいた。23日は私の第二句集《たむらあきこ千句》の発行日でもある。私淑させていただいた尾藤三柳先生に続き、川柳界の大きな星がまた一つ消えた。悲しみを乗り越えてこの文芸を継承しなければならない。墨先生の余命のことを伺って出かけた句会で、私の方に歩いてこられた先生が腕を強く握られた。その力を忘れない。(あ)



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