詩3篇(小堀 邦夫)
日ざしは春なのに、風が吹き止まない。
主(あるじ)のいなくなった医院には、鳥が巣作りを始めた。
終日の雨嵐が去り、夜の闇が深い。
人が壁と言うものは、この闇のようなもの。
ここに立ちつくす意志が、あかあかと明ける暁を招く。
ずい分と多くの思い出を紡(つむ)ぎ、今日を歩いている。
夕暮れて帰宅する人た...【続きを読む】
しんぶん赤旗、「読者の文芸」川柳欄(3月16日(火)付、たむらあきこ選)
例えればそうネあなたは森氏的 広島県 北村 善昭
〈評〉ジェンダーギャップ指数が先進国で最下位の日本。女性蔑視の本音がポロリこぼれた、森喜朗発言。
「わきまえない」人と女性を一括り 埼玉県 福家 駿吉
長男を庇い共助の範を垂れ 埼玉県 奥平 正明
長男の誘いに乗った下心 岩手県 佐々木弥五...【続きを読む】
(…つづきのつづき)川柳の何を伝えるか
読売新聞社に後継者としてわたしの名を届けておくという前田先生のことばに、(申し訳ないことだが)お断りさせていただいたとき、先生は「瓦版に残って○○(現代表)を助けてやってくれ」「残って、瓦版の重しになってくれ」とおっしゃった。先生は、なんとなくご自分の寿命を感じておられたのではないか。
会のこと...【続きを読む】
(…つづき)川柳の何を伝えるか
前田先生は生前、〈誰は先生にとっての何か〉という話の中で、わたしのことを「弟子はあんただけや。ほかにおらんやん」とおっしゃった。では、現代表(当時編集人)はとお聞きすると、「○○は、部下やな」と。そういう関係だったのね。「○○は上にはぜったい逆らわん」とも。先生がお元気なうちは、たしかに揉み手で先...【続きを読む】
(つづきのつづきのつづき)川柳の何を伝えるか
現代表に電話で恫喝されたあとも、瓦版句会にも編集会や校正会にも出席していた。もちろん前田先生がおられたからである。先生にはご心配をおかけしたくなくて、恫喝されたことは話していなかった。ただ、会のあと京阪寝屋川市駅まで先生を送らせていただく途中で、「(わたしは)いつまで瓦版にいるか分からない」と申し...【続きを読む】
(つづきのつづき)川柳の何を伝えるか
何も予定通りにはならない。「後継者として(瓦版に)来てくれ」と頼まれて入ったわたしが、現在後継者にもなっていない。永久選者なのに〚咲くやこの花賞〛の選者にもなっていない。前田先生はこのことを現代表に対し、あの世でどれほど憤り、情けなく思っておられることだろう。
先生は、一度だけ「あんたも(瓦版の...【続きを読む】
(つづき)川柳の何を伝えるか
心の中では、正直、いつ短歌に戻ろうかという葛藤があった。川柳に迷い込んだ、という気持ちがいつまでも残っているのである。両方するには、如何せん時間がない。
父が亡くなったのは平成16年(2004年)3月23日。翌年の水墨画の遺作展の準備ほか、あとの処理でその年は暮れたのね。平成17年3月23日から...【続きを読む】
川柳の何を伝えるか
川柳を詠み始めて22年ほど。息子が大学生になって下宿、家を出たあと父の介護。父を見送ってから自分の時間ができたのね。和歌山市だけではなく大阪や京都の句会まで出かけ、川柳に本格的に取り組んだ。それまで短歌、エッセイ、詩、俳句など、それぞれ十年以上取り組んできている。
正直、川柳とはどんな世界かちょ...【続きを読む】
令和3年度 耐久生涯大学川柳専科4月開講(みなさま、どうぞご参加ください。)
下記は、広川町耐久大学学長名で封書でいただいた依頼状から。(広川町:和歌山県有田郡広川町. ワカヤマケンアリダグンヒロガワチョウ) 準備があるので、講師は11時半までに当地に到着しておかないといけないのね。
…‥‥‥‥‥‥………‥‥‥‥‥‥………‥‥‥‥‥‥……
… つきましては、お忙しい折誠に恐...【続きを読む】
ショパン・コンクール(2000)
ショパン・コンクール(2000)第一位のユンディ・リは、息子と同じ歳(当時17歳)なのね。ずっとピアノを続けていたら、こういうコンクールに参加する青年たちの一人になっていたかも知れないと思うと、残念至極。
...【続きを読む】
(つづき)ユーチューブで聴く‥天才ヴァイオリニスト 渡辺茂夫
わたしにはとくに音楽の才能はないと思っているが、ちょっぴり自慢?できるのは筝曲で、生田流宮城派の皆伝を(3年で)取っていること。あと三弦を少し。一弦琴を少し。ピアノを少し。楽器はそのくらいのことで終わった。
家系的にいえば、母方の曾祖母の姉妹が琵琶の宮家御前演奏をしたのだとか。同じく母方の祖父が...【続きを読む】
ユーチューブで聴く‥天才ヴァイオリニスト 渡辺茂夫
https://www.youtube.com/watch?v=rvUz2uLehlQ
…‥‥‥‥‥‥………‥‥‥‥‥‥………‥‥‥‥‥‥………‥‥‥‥‥‥……
生い立ち
東京生まれ。音楽家一家に生まれ、茂夫の生母・鈴木満枝はヴァイオリニストだった。4歳より、母方の叔父の渡辺季彦が経営する音楽教室(...【続きを読む】
シャイな川柳作家・久保田元紀氏の作品集
先日、武智三成氏から『Shyな明星(久保田元紀作品集)』(非売品)を送っていただいた。残念ながら天守閣句会はなくなってしまったが、ながく楽しみに出席させていただいた句会の一つだった。
川柳文学コロキュウム句会の帰り、久保田元紀氏に天守閣の柳誌をいただき、句会に誘っていただいたのが最初。この本に平...【続きを読む】
東日本大震災から10年が経ちました‥《死者たちのたましいおぼろ月に凭る》(たむらあきこ)
いま、コロナ禍を日々耐えて生きている私たち。十年前のあの日からも、災害は止むことがなかった。防災への備えを怠ってはならない。下記は、東日本大震災から一年目の2012年3月11日に記したもの。いただいたコメント1件もあわせて再掲。
…‥‥‥‥‥‥………‥‥‥‥‥‥………‥‥‥‥‥‥………‥‥‥‥‥‥...【続きを読む】
しんぶん赤旗、「読者の文芸」川柳欄(3月2日(日)付、たむらあきこ選)
マスクして春を背負った孫が来る さいたま市 中野 林
〈評〉背負っているのがランドセルなどではなく、「春」としたところが巧い。コロナ禍でも日々子どもは成長する。孫の成長は明日への希望そのもの。
過疎の村太郎一人の雪下ろし 秋田県 柴山 芳隆
日を重ね下がるばかりの五輪熱 北九州市 桑田 将...【続きを読む】
捨ててはならない
父が亡くなってこの3月で17年。実家に水墨画が遺されているので、それをどうしようかと思うのである。そのどれもがたいせつなものである。たいせつなものとはこういうもののこと。父が懸命に取り組んでいた作品にはたましいがこもり、丸めた画の端切れすらも捨てることはできない。この先どうしたらいいのだろうか。
...【続きを読む】
表現を考える‥「きのう」か「きのふ」か「きょう」か「けふ」か
けふを回りきのふを回るカザグルマ
けふはけふの赤鬼青鬼きて嗤う
けふのなほ西郷隆盛像寡黙
…‥‥‥‥‥‥………‥‥‥‥‥‥………‥‥‥‥‥‥……
上記は、あきこの川柳。文語の「けふ」「きのふ」「なほ」がはめ込まれているのがお分かりいただけるだろう。現代川柳なので、そういう表現も可能なわけである。も...【続きを読む】
詩4篇(小堀 邦夫)
悲しい別離の重なる年がある。
雪や霰と共に去ってゆく、花咲く春が待てないと言うように。
…‥‥‥‥‥‥………‥‥‥‥‥‥……
疲れたら眠ろう、後悔、敗北感、すべて明日考えよう。
寒さをしのいで眠ろう、少しだけ幻を描いて。
…‥‥‥‥‥‥………‥‥‥‥‥‥……
春の嵐が夜明けに吠えて、すっきりと静寂が...【続きを読む】
Loading...





































