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熱田神宮吟行18句(2023/11/23)
熱田神宮西駅すぐに母の宮
あつ田の宮の参道木洩れ日を拾う
木洩れ日の一枚ずつををひろう道
板石二十五枚は石橋のことば
雲もわたしもたちまち消える時間軸

いつまでの独りわたしの時間軸
手水舎の水にもかぜの影が浮く
信長塀のかたちに信長がのこる
かぜのまなざしも信長塀あたり
本宮に人影あまた七五三

神の御前(みまえ)にあなたの影とたどりつく
きみの影に影をかさねて神へ向く
八岐大蛇(やまたのおろち) ふと拝殿に舌をだす
草薙剣(くさなぎのつるぎ)取ってたたかうきみの影
一体分身 神の杜(もり)へとまぎれこむ

水中の石にねがいの水かける
一之御前神社 (いちのみさきじんじゃ) への径きみの影
一之御前神社 うしろに媛(ひめ)の声


主祭神である熱田大神について、熱田神宮は「三種の神器のひとつである草薙神剣を御霊代としてよらせる天照大神」とする。すなわち、草薙神剣の「正体」としての天照大神をいい、いい換えれば、草薙神剣そのものが天照大神の「霊代(実体)」としての「熱田大神」である。

『尾張国風土記』逸文には、日本武尊が宮簀媛に草薙神剣を手渡す際に自らの形影(みかげ)とするようにと言い残したとあり、奈良時代には日本武尊を草薙神剣の正体とする見かたがあったともいわれる。平安時代以降は、伊勢の皇大神宮(内宮)の祭神である天照大御神を草薙神剣の正体とすることが通説であり、このことで伊勢と熱田は「一体分身の神」を祀る神社であり、日本国を支える2柱であるとさえされてきたのである。

素盞嗚尊は、ヤマタノオロチ退治の際に、ヤマタノオロチの尾の中から草薙剣を発見し、天照大神に献上した。天照大神は、その草薙剣を天孫降臨の際に邇邇芸命(ににぎのみこと)に授けた。日本武尊は、草薙剣を持って蝦夷征伐を行い活躍したあと、妃の宮簀媛命のもとに預けた。宮簀媛命は、熱田の地を卜定して草薙剣を祀った。(Wikipedia)

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  1. おさ虫 on 2023年11月28日 at 12:23 AM :

    あきこさん
    熱田神宮の句、拝見いたしました。私は地元の人間ですからその句が何処で詠まれたものか、大体の見当はつきますが、しかし見事なものですね。私だったらこんなにもたくさん作れません。せいぜい信長塀で2句、本殿の前で1句、剣の前で1句・・ぐらいでしょうか。
    私が初めて熱田神宮へ行ったのは名古屋に就職して数年経ってからでした。信長が好きだったので神宮よりも信長塀を見たかったのです。土で出来ている割には頑丈だなあと言うのが印象でした。
    信長塀を見たら次はどうしても桶狭間古戦場を見たくなりますよね。それで、善照寺砦から信長の進軍コースを歩いてみたんですよ。すると世にいう太子ケ根からの奇襲が作り話だと言うことがよくわかりました。それでは距離があり過ぎて奇襲にならないのです。
    あの一帯はもう開けてしまいましたが。所々に雰囲気が残っています。もちろん今川方の墓標も。もし、あきこさんが一度、桶狭間を歩いてみたいと思われたらいつでも案内いたしますよ。
    白鳥古墳も行かれたんですよね。大和武尊と会われましたか。あきこさんならきっと会えたはずです。どんな句が出来たのか、楽しみです。
    おさ虫

  2. たむら あきこ on 2023年11月28日 at 7:37 AM :

    おさ虫さま
    >桶狭間を歩いてみたいと思われたらいつでも案内いたしますよ。
    この脚ではとても。
    ユーチューブで見て、行ったつもりになっておきます、笑。
    白鳥古墳は、脚の痺れと疲れでとてもムリでした。
    熱田神宮の境内でも、やっとのありさま。
    白鳥古墳はあきらめて、能褒野?のほうに参ります。
    しっかり歩けて、みなさんのお世話もできるおさ虫さんを見上げています。
    またお会いできる日を楽しみに。(人”▽`)☆

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