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 厳島神社(いつくしまじんじゃ)は、建造物群と背後の自然とが一体となった景観が人類の創造的才能を表す傑作であることや、13世紀に火災に見舞われたが創建時の様式に忠実に再建され、平安時代、鎌倉時代の建築様式を今に伝えていることなどが評価され、1996年(平成 8年)、第20回世界遺産委員会で世界遺産への登録が決定したとか。

 文献での初出は、弘仁2年(811年)に名神に預かったという記事である。平安時代中期の『延喜式神名帳』では「安芸国佐伯郡 伊都伎嶋神社」と記載されて名神大社に列したほか、安芸国一宮とされた。この社格が昇っていく過程で祭神が整備されていったと考えられており、祭神の市杵島姫命が明記されるのは『一宮記』以降になるとか。

 平安時代末期、神主・佐伯景弘と当時の安芸守平清盛の結びつきを契機に平家一族から崇敬を受けた。仁安3年(1168年)頃、平清盛によって寝殿造り様式を取り入れ、現存の規模に造営された。神社の背後にそびえる弥山(みせん)は神体山であるため、手つかずの原始林が残っているのね。

 社殿が海にせり出すように築かれたのは、「神をいつきまつる島」として崇められていた神聖な土地に建てるのを避けたためだと伝えられているとか。弥山山頂付近には弘法大師が開いたという弥山本堂(求聞持塔、ぐもんじとう)、霊火堂などが建立されているのね。(行きたいけれども、足が言うことを聞かないだろうなぁ。(-_-))



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