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 もののあはれ(もののあわれ)は文学的・美的理念の一つ。ものごとに触れて生まれるしみじみとした情趣や哀愁をいう。日本文化においてながく美意識や価値観に影響を与え続けてきた思想ともいえる。

 江戸時代には儒教思想に影響を受けた「勧善懲悪」の概念が浸透し、平安時代の文学に対してもその儒教的概念を前提にして語られた時期があったが、江戸時代後期の国学者本居宣長の見いだした「もののあはれ」がそれを否定した。

 歌や物語をその内在的な価値で見ようとする新しい文芸観に基づいて、宣長は『源氏物語』における「もののあはれ」を論じたのね。『源氏物語』の本質を「もののあはれをしる」という一語に集約、物語全体の美的価値を一つの概念に凝縮させた。「もののあはれをしる」ことは人のこころをしることであると説き、人間のこころへの深い洞察力を求めたのね。人間と人間の住むこの現世との関連の意味を問いかけた。そのことは川柳という文芸にも関係してくるだろう。

 『源氏物語』は「あはれ」の文学であり、比べて『枕草子』は「をかし」の文学であるとよくいわれるが。「あはれ」は感動詞「あ」と「はれ」の複合した語なのね。原義は広く喜怒哀楽すべてにわたる感動を意味した。平安時代以後は多く悲しみやしみじみとした情感なども表すようになったのね。「もののあはれ」の「もの」は広く漠然というときにその語のうえに添えることばで、「もののあはれ」も本質的には「あはれ」とおなじことだと宣長は説いているのね。

 そこで川柳。わたしは短詩型文芸は短歌から始めたので、ものの感じ方・考え方のすみずみにまで「もののあはれ」が沁み込んでいるようなところがあるのね。短歌から俳句、川柳とここまで辿りついたわけだが、はじめの頃関わった川柳塔社系の句会では正直大いに違和感があった。
 
 そこで耳にする披講の際の入選句は、凡そ「もののあはれ」とは大きな懸隔があったのね。で、二年ほどはいつやめようかと思っていた。ところが、そのうちあきこ流「もののあはれ」川柳が上位に入選し始め、地元の句会で年間賞もいくつかいただいた。川柳塔社系の句会で受け入れられるようになったのね。
 
 平成17年の末頃からだったか、大阪や京都の句会に出席するようになって、各句会で“秀句”をいただくようになった。ああ、この句でいいのだと。そうこうするうちに平成19年の夏、大阪の展望句会ではじめてお声をかけていただいた“東の横綱”前田咲二先生から、同年秋ごろ「後継者として瓦版句会に来てほしい」というお声がかかったのね。
 
 わたしのたましいには「もののあはれ」が動かしがたく存在し、短歌とおなじように、川柳もそこから生み出されているのね。いわば根っこが「もののあはれ」の川柳。喜怒哀楽のうち、ほとんどの句で「哀」を詠んでいる。これはあきことしてごく自然なことなのである。
 
 あきこの川柳は、したがって川柳塔社系(など)の川柳とはなかなか相いれなかったのだが。どっこい川柳はふところの深いフィールドだったのね。川柳塔社が変わってきたのかもしれないが。詩性川柳が大阪の本社句会で上位に採られるようになったのは、主幹に小島蘭幸氏がなられてからではないか。氏の選は従来のいわゆる〈川柳塔の選〉といわれる選とは違っている。
 
 「もののあはれ」すなわち「哀しみ」を詠む川柳は、「哀しみ」が人間のもつ感情のもっとも深いものだけに、選者がそこを読み切れば上位に採らざるを得ない。喜怒哀楽、いずれを詠んでも川柳である。あきこの川柳はいまのところ多くは「哀」の川柳であり、これからもそれが大きく変わることはないだろう。「哀しみ」を客観的にほりさげて表現、そのことが自身の今後の課題でもある。



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