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 この人の名を知ったのは約十四年前。最初の出会いの折から、川柳人「たむらあきこ」の名は強烈なインパクトをもって、私のなかに澱のように記憶されていった。
  きみの告白がきのうの靄になる
  過去ばかり出しては媚びてくる日記
  猫の耳 やっときのうがやわらかい
  わたくしの独りに蒼い苔がつく
 作品はいずれもしっかりした土台の上に構築されている。揺るぎのない骨組みに、厚みのある言葉で囲いを作り、少々の風などでは吹き飛ばされそうにない表現の屋根を乗せる。
 譬えて言うなら、それはホームドラマより、確かな時代考証に基づく大河ドラマの作りかたに似ている。どちらが好きか嫌いかではなく、この人の作品はそうなのである。
  梟のいつか翳ってきたながさ
  どう閉じてみても楕円になっている
  ひきだしの奥は黙認されている
  箴言をこぼして澄んでゆくさくら
 本句集のなかに多用されている「わたし」、「きみ」、そして「きのう」等の言葉は、けっして安直なものではなく、この才能溢れる作者が、推敲に、推敲を重ねた結果の産物であり、自己表現の極みがこの形になったと思いたい。
 ここから先、この人が、さらに上をめざせるか否かは、この人自身が何をゴールにするかにかかっているような気がする。一時の名声や、眼前の賞なんかでなく、謙虚に、また熱を失うことなく、後世に残る、そんな作品づくりに向けて、日々邁進していって欲しいと願っているのだが。
  明るい最期だから詳らかにできる
  さみしいのだろう弛んでいる輪ゴム
  ややななめうしろに鬼の息がある
  乱調も足さねば生が錆びてくる
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥
 ありがとうございました。(たむらあきこ)



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