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 この人の名を知ったのは約十四年前。最初の出会いの折から、川柳人「たむらあきこ」の名は強烈なインパクトをもって、私のなかに澱のように記憶されていった。
  きみの告白がきのうの靄になる
  過去ばかり出しては媚びてくる日記
  猫の耳 やっときのうがやわらかい
  わたくしの独りに蒼い苔がつく
 作品はいずれもしっかりした土台の上に構築されている。揺るぎのない骨組みに、厚みのある言葉で囲いを作り、少々の風などでは吹き飛ばされそうにない表現の屋根を乗せる。
 譬えて言うなら、それはホームドラマより、確かな時代考証に基づく大河ドラマの作りかたに似ている。どちらが好きか嫌いかではなく、この人の作品はそうなのである。
  梟のいつか翳ってきたながさ
  どう閉じてみても楕円になっている
  ひきだしの奥は黙認されている
  箴言をこぼして澄んでゆくさくら
 本句集のなかに多用されている「わたし」、「きみ」、そして「きのう」等の言葉は、けっして安直なものではなく、この才能溢れる作者が、推敲に、推敲を重ねた結果の産物であり、自己表現の極みがこの形になったと思いたい。
 ここから先、この人が、さらに上をめざせるか否かは、この人自身が何をゴールにするかにかかっているような気がする。一時の名声や、眼前の賞なんかでなく、謙虚に、また熱を失うことなく、後世に残る、そんな作品づくりに向けて、日々邁進していって欲しいと願っているのだが。
  明るい最期だから詳らかにできる
  さみしいのだろう弛んでいる輪ゴム
  ややななめうしろに鬼の息がある
  乱調も足さねば生が錆びてくる
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥
 ありがとうございました。(たむらあきこ)



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中野六助氏(川柳グループ草原編集人)の『川柳作家ベストコレクション たむらあきこ 』への書評を「川柳草原」誌(№103 2019. 3)から転載”にコメントをどうぞ

  1. 昌紀 on 2019年3月20日 at 9:42 PM :

    ごめんなさい。
    六助、大嫌い。

  2. たむら あきこ たむら あきこ on 2019年3月20日 at 10:11 PM :

    そうなの?
    人間関係ですからねえ、いろいろとあるんでしょうか?
    句会でだけの関わりなので、あきこは。

    • 昌紀 on 2019年3月20日 at 10:23 PM :

      そう。
      句会に付随した出来事でした。
      こっちは何とも思ってませんでしたが、やけに興奮されて…
      以上

      • たむら あきこ たむら あきこ on 2019年3月20日 at 11:47 PM :

        そう。
        またお話を伺うこともあるかも。
        いやなことはなるべく忘れること。
        あきこも、自分の精神衛生のためにもそういうふうに心がけているのよ。
        自分をたいせつに。
        しなければならないことはほかにあると。
        おたがいに。

        • 昌紀 on 2019年3月21日 at 12:09 PM :

          その通りですね。

          • たむら あきこ たむら あきこ on 2019年3月21日 at 9:02 PM :

            がんばって。
            IIにはあきこもずいぶんやられましたが。
            他人を汚いことばで罵り、苦しめた報いはきっとくると思っております。
            天国の先生のお嘆きやいかに。
            ああいう人間が、先生が「日本の、最高の川柳家(だったか)がこの欄を担当せなあかんのや」とおっしゃって、大切に全力であたられた「よみうり時事川柳」欄を担当してはいけないと思うのね。
            当然のように、投句者が激減していますが。
            そのように思っております。()

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