この人の名を知ったのは約十四年前。最初の出会いの折から、川柳人「たむらあきこ」の名は強烈なインパクトをもって、私のなかに澱のように記憶されていった。
きみの告白がきのうの靄になる
過去ばかり出しては媚びてくる日記
猫の耳 やっときのうがやわらかい
わたくしの独りに蒼い苔がつく
作品はいずれもしっかりした土台の上に構築されている。揺るぎのない骨組みに、厚みのある言葉で囲いを作り、少々の風などでは吹き飛ばされそうにない表現の屋根を乗せる。
譬えて言うなら、それはホームドラマより、確かな時代考証に基づく大河ドラマの作りかたに似ている。どちらが好きか嫌いかではなく、この人の作品はそうなのである。
梟のいつか翳ってきたながさ
どう閉じてみても楕円になっている
ひきだしの奥は黙認されている
箴言をこぼして澄んでゆくさくら
本句集のなかに多用されている「わたし」、「きみ」、そして「きのう」等の言葉は、けっして安直なものではなく、この才能溢れる作者が、推敲に、推敲を重ねた結果の産物であり、自己表現の極みがこの形になったと思いたい。
ここから先、この人が、さらに上をめざせるか否かは、この人自身が何をゴールにするかにかかっているような気がする。一時の名声や、眼前の賞なんかでなく、謙虚に、また熱を失うことなく、後世に残る、そんな作品づくりに向けて、日々邁進していって欲しいと願っているのだが。
明るい最期だから詳らかにできる
さみしいのだろう弛んでいる輪ゴム
ややななめうしろに鬼の息がある
乱調も足さねば生が錆びてくる
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥
ありがとうございました。(たむらあきこ)
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ごめんなさい。
六助、大嫌い。
そうなの?
人間関係ですからねえ、いろいろとあるんでしょうか?
句会でだけの関わりなので、あきこは。
そう。
句会に付随した出来事でした。
こっちは何とも思ってませんでしたが、やけに興奮されて…
以上
そう。
またお話を伺うこともあるかも。
いやなことはなるべく忘れること。
あきこも、自分の精神衛生のためにもそういうふうに心がけているのよ。
自分をたいせつに。
しなければならないことはほかにあると。
おたがいに。
その通りですね。
がんばって。
IIにはあきこもずいぶんやられましたが。
他人を汚いことばで罵り、苦しめた報いはきっとくると思っております。
天国の先生のお嘆きやいかに。
ああいう人間が、先生が「日本の、最高の川柳家(だったか)がこの欄を担当せなあかんのや」とおっしゃって、大切に全力であたられた「よみうり時事川柳」欄を担当してはいけないと思うのね。
当然のように、投句者が激減していますが。
そのように思っております。()