前衛川柳 (川柳マガジン10月号・たむらあきこ選) の選結果と選後感想‥《野火走る逃亡兵の背を見せて》(森吉留里惠)
特選
野火走る逃亡兵の背を見せて 森吉留里惠(大阪)
秀作
青春ははるかに綿アメがしぼむ 大本 和子(広島)
鬼ユリの赤は昨日の夜の舌 米山明日歌(静岡)
悲しみを騙し切れずに二度寝する 星野睦悟朗(埼玉)
気になる一句
何もかもからりと晴れて卑怯者 富田 房成(山口)
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かかわらないという選択肢
前田咲二先生へ、依頼された追悼文を執筆中。すこしお待ちください。
※このページに予定していた内容は、もう少し考え、充分頭と心の中で熟してからアップすることにいたします。
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11月の予定(川柳関係)
11月の予定
11月 6日(月) (奈良)秋篠寺・西大寺・唐招提寺吟行 大阪泊
11月 7日(火) 川柳塔本社11月句会
11月19日(日) 第41回 寝屋川市民川柳大会
11月23日(木) 第59回 豊中市民川柳大会
11月26日(日) 文芸まつり(児童生徒の部・講評)
(予定は未定)
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奈良国立博物館へ‥『第69回 正倉院展』吟行
いまいち元気がないので、柳友のお誘いに乗って『第69回 正倉院展』まで。久しぶりにJR奈良駅に降り立つと、やはり咲二先生のことが頭に浮かんでくる。かなり前のことだが、番傘の大会を編集同人ほかでご一緒した帰りのことなど。先生の(?)忘れ物を取りに店まで戻ったあと、みなさんとはぐれてしまったのである。...【続きを読む】
川柳マガジン(2017)11月号「編集後記」、前田咲二先生について松岡恭子女史の一文
「第15回 川柳マガジン文学賞」の発表号ということで、多くの方々が待っておられたであろう今号。当方にも「そちらにはもう届いている?」の問い合わせがあった。さすがの人気。みなさんに待たれる同誌はシアワセ。
文学賞の結果にサラリと目を通させていただいたところ。そのことについてはのちほど。
「編集後...【続きを読む】
インドについて調べ始める‥親日国、是非とも訪問すべき国の一つでした
吟行の前にあまり行き先のことを調べ過ぎてはいけない。どこまで調べるかということだが、つい深入りしそうになるのを抑えるのがむずかしいほど。(写真:アーグラにある世界遺産、タージ・マハル。ムガル帝国第5代皇帝が、早逝した最愛の王妃のために建てた墓廟)
ヒンドゥー教徒は墓を持たず、遺体は火葬され遺骨や...【続きを読む】
インド吟行(12/2~12/7)を決める
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故 前田咲二先生に捧げる25句 (推敲済み)
9月27日午後7時57分、前田咲二先生が逝去されたことを、二週間後の今月11日の新聞紙上にて発表。このことは、何事にも用意周到な先生のご遺志であることが、わたしには分かる。先生、長い間ありがとうございました。心からの哀悼の念を込めてまずこの25句を捧げます。(残りもいずれアップいたします。これから...【続きを読む】
続き②‥江田島海軍兵学校のこと(咲二先生に伺ったこと)
本日いま住んでいる地域の「ふれあい食事会」という催しがあり、ながく川柳行脚で地域の人々との交流が少なかったこともあり、参加させていただいたのね。42人出席、なごやかに食事とゲームなどを楽しんできました。なんと、年配の方のカラオケ「岸壁の母」に感動、落涙。あと、いつも通りドトールにて作句。
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続き‥江田島海軍兵学校のこと(咲二先生に伺ったこと)
海軍兵学校(かいぐんへいがっこう)は、1876年(明治9年)から1945年(昭和20年)の第二次世界大戦終戦まで存続した、大日本帝国海軍の将校たる士官の養成を目的とした教育機関。(写真:海軍兵学校生徒館=現在の海上自衛隊幹部候補生学校)
イギリスの王立海軍兵学校、アメリカの合衆国海軍兵学校とと...【続きを読む】
江田島海軍兵学校とは、どのようなところだったのか (☆聞き書き)
川柳マガジン3月号(2013年)は川柳瓦版の会会長前田咲二特集。「柳豪のひとしずく」シリーズの中に入っている。(早くに新葉館出版さんから依頼されていたのに、やっと先生が承諾されたのね) 2月6日の句会に、大阪市中央公会堂内にて撮られた写真が表紙を飾っている。「頭」で作らず「心」で詠む、ということを...【続きを読む】
川柳の横綱・前田咲二先生の軌跡‥江田島海軍兵学校生徒(卒業)から読売新聞「よみうり時事川柳」選者まで
咲二先生からの聞き書きで、のちに咲二先生に確認した正確な履歴のメモがあるのですが。どこにしまったか、いま捜しています。こういうことは正確の上にも正確を期さないといけないので、そのメモから書き出していきます。(写真:昨年12月18日撮影、余命数か月と診断された食道がんのため入院されたときの咲二先生。...【続きを読む】
許せないこと
前田咲二氏死去/川柳作家 | BUSINESS LIVE – 四国新聞社
2017年10月11日 – 前田 咲二氏(まえだ・さくじ=川柳作家、本名作自=さくじ)9月27日午後7時57分、 食道がんのため大阪府寝屋川市の病院で死去、90歳。和歌山県出身。(以上は、本日たまたま...【続きを読む】
第22回 川柳クレオ川柳大会‥帰り、台風の影響でみさき公園(南海本線)にて足止め、タクシーでやっと帰宅
(23日、記す) 現在3時19分。(衆院選の結果をネットで見たところ。ほぼ予想通り) 昨晩みさき公園駅からタクシーで7時半頃(?)に帰宅後、疲れで寝てしまったのね。
地下鉄堺筋線天下茶屋駅までご一緒した柳友から留守電に電話が二回入っていた。そのうちまた電話をいただき、ご心配いただいたことに深く感謝...【続きを読む】
『時実新子の川柳と慟哭』(平井美智子編)から
2007年3月10日午前5時15分、肺癌のために逝去(享年78)。(Wikipedia)
時実新子氏の訃報に触れたのは同月26日、大阪・弁天町での 天守閣句会でのこと。川柳界にとって大きなニュースだったので、みな息をのみ、句会場が静まったのを覚えている。直接には氏を知らなかったわたしも、その名を...【続きを読む】
何ができるか
目覚めると、1時9分。何時にということなく泥のように眠ることが自分を癒す方法らしい。
できることを、よく考えて少しずつしていくほかない。「前田咲二」の名を遺すこと。作品が遺っていないのでは、それもむずかしいのではないか。いまなら作品が散逸していない。先生ご自身が、柳誌ほかすべてご自宅に整理して置...【続きを読む】
先生なのだろうか
現在19時49分。いつものドトールのあと、横のスーパーで買い物をして、雨の中を傘をさして帰ってきたのね。すこし胸が痛い。笑われるかもしれないのですが、雨の中を咲二先生と一緒に歩いてきたのかもしれないのです。昨日の淀屋橋のまぼろしの続きのように、先生がなんとなく、歩いているわたしの前におられるのね。...【続きを読む】
川柳マガジンクラブ大阪句会10月句会‥《新しい現実きみがいなくなる》(たむらあきこ)
南海和歌山市駅10時29分発特急サザンで難波まで。車内にて宿題「じらす」22句を推敲。地下鉄御堂筋線で淀屋橋まで。正午前着。カフェベローチェで昼食のミックスサンドを買って、徒歩5分、大阪市中央公会堂まで。
ほぼ半年ぶりの地。土佐堀川の南を通って栴檀木橋(せんだんのきばし)を渡る。正面に大阪市中央...【続きを読む】
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