新家完司氏著、『川柳の理論と実践』の中に一編の詩がある。上村肇(かみむら・はじめ)氏の「みずうみ」。川柳マガジン誌に連載されているときに読んで、甚(いた)く感動。知っている方もおられるだろうが、もう一度ここに記させていただく。このように心打たれる詩が埋(うず)もれることなく、一人でも多くの方々にその存在を知っていただくのも大切なことかと。
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上村肇(1910~2006)は、洪水で四人の家族を失いました。その後再婚して子どもも生まれますが、その悲しみは十年経っても薄れることなく、ついに次のような幻想的な詩を生み出しました。(新家完司著『川柳の理論と実践』 p.218 詩性川柳 体験の力 から)
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みずうみ 上村 肇
たけなす草をかき分けて 河にそった道を 幾日も幾日も私は歩いて行った 道のつきたところに大きな湖があり河も亦ここにつきているかと思われた この湖のほとりに私が探し求めた四人の家族が住んでいた 軒も柱も半ば朽ちた家の端居に 洪水で死んだ筈の昔の家族が 黒い羽織にくるまっている足萎の老母 目が大きくて偏平足で 少しばかり跛行をひく妻 大きな白い毬を胸のあたりに抱いた眼の細い娘 ジャンパーの前のチャックを半分外した九歳の息子 それらは不思議と 十年近い前の雨の夜に別れた姿と変わりなかった 私はこの湖に流れこんだ河水のように もうこの静かな世界から外部に出ようとは思わなくなった 夜は妻の差し出す手燭の灯を船の舳において 櫂を操り独り湖心に出ては網を打った 朝は一面の朝霧の中を 灯を消した船に濡れた網をのせ その網の上に下手な私の船歌をのせ 毎朝 葦の間の水鳥の眠りの中を帰ってきた 静かなあけくれの或る日の午後 私は漁りの網の破れ目を拾っていた その網の上に珍しく人影がさし 顔を上げて見ると 一人は街に置いてきた二度目の妻であり 一人はその妻との中に出来た まだ幼い男の子であった 妻は何気なく通り過ぎて行ったが 男の子は私の前に立ち止まり「ママ パパはここにも居ないネ ママ 黒い蟹がいるよ 一匹 二匹 三匹 四匹 五匹いるよ 二匹は小さい蟹よ みんなこちらを見ているよ」と言って走り過ぎた その夜 よふけて湖には 少しばかり風が出た だが大したこともなく 静かな朝がきて 又静かな夜がきた
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