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鉛筆と紙 29日の伊勢神宮吟行。予定通り、今回は五十鈴川の近くにある箏曲家故宮城道雄師の碑を拝見。若い頃宮城流筝曲を嗜んでいた縁からである。碑は手入れができていないようで、傷んでいる印象だった。ふと、27日に拝見したばかりの森中惠美子先生の句碑のことを思った。たとえ石に刻まれようと、いずれ風化して消えてゆくのがこの世に在るものの定めである。

 阪急池田駅近くの託明(たくみょう)寺に先生の句碑が建てられたことは、広く川柳界にとってもよいことだと思われる。「私にはあとの供養をしてもらえる人がいないのです。結婚して、子を生(な)しておけばよかったかとも思うのですが、もう遅い(聞き違いがあればお許し下さい)」と句会(森中惠美子句碑 拝見吟行句会)のご挨拶で仰った。「句碑を、(柳人として生きた)足跡として遺しておきたい」とも。先生はご自分の死後祀る人のいない墓の代わりに句碑を遺しておきたいと考えられたのだと思った。

 私が伊勢の地の宮城道雄師の碑を拝見したいと思ったのは、やはり「道」の師としていまも尊敬しているからである。いずれ師を知る親戚・友人・弟子が一人もこの世にいなくなっても、筝曲の道を学ぶ人がいる限り碑には訪れる人がいる。それが同じ道に在る者の縁(えにし)なのである。誰しもいつまでもある命ではない。すでに65年(柳歴)の人生を川柳にかけられた大先生の句碑に会おうと、所縁(ゆかり)の、あるいは後進の方々が今後託明寺を訪れる。そのことが先生にとってもまた川柳界にとってもめでたいことと思うのである。

 101名もの方々が27日、「森中惠美子川柳句碑 拝見吟行句会」に参集。句碑のある場所を足で覚えたからには、いずれ周囲の柳人のどなたかに句碑の在処を教えることも、またそこにどなたかをお連れすることもあるだろう。今回のように句碑の近くで句会・大会が催されることも当然あるに違いない。

 宮城道雄師の碑を森中惠美子先生の句碑のあとで拝見して、以上のことを思った。先生の句碑には三句が記されていたが、その中でもっとも好きな句は《天に川ありよろこびは稀にくる》。どこかの大会で先生の呼名とともに拝聴した(と思う)句である。あっと思うほどの名句

 関係のないことだが、かつて大阪川柳大会で初めて選者として選者室で同席させていただいたとき、「今日はあなたの披講(選?)を聞きに来た」と言っていただいた。そのお励ましの力強さを忘れない。 (たむらあきこ)

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