Loading...Loading...

 「切り口」とはひとつの素材やテーマをとり上げて句を詠むときのとり上げ方といっていい。例えば嫁姑(問題)をとり上げるにしても、嫁の側から詠むことも出来るし、姑の側から詠むことも出来る。もちろん間に挟まった男性(夫・息子)の側からも。第三者をふくめ、あらゆる視点から詠むことで異なった見方を提示できるのである。時事川柳も同様。

 素材やテーマにおいて、世の中の大多数の人々が考えていそうなことに同調する必要はまったくないのね。むしろ同調は同想句が多いことであまり評価されないのね。ひと言でいえばユニークさが句の価値というわけである。誰のものでもない、自分だけの句を詠むこと、そのことが肝心なのね。内容に既視感のある句を器用にまとめたところで、評価されることはないのです。

 どうすればユニークな視点で詠めるか。たとえば、料理でいえば、魚をみて刺身にするか、煮るか、焼くかくらいしか思いつかないとすれば、その時点で切り口は古いのね。句にすれば陳腐なものになる。いままでにない方法で味をつけたり調理するのが、求められる切り口。暗喩(メタファー)で重層的に隠し味をつけるということもあるわけで。

 ユニークとは「独特の」ということよね。対してオリジナルとは「最初の、元の」ということ。オリジナリティは、川柳など文学のみならず、近代芸術に特有かつ主要な価値のひとつなのね。制作(物)を自律的かつ根源的な意味性の発生源、すなわち価値のみなもとであるとする考え方。芸術が唯一かつ一回性の生産であることを暗黙裡に求めているということなのね。

 では、具体的にどういう川柳には(あまり)価値がないか、どうすればよくなるかというと。下記は、一例。
×絵手紙にざくろ上手に描いた孫

△絵手紙のざくろ笑ってやってくる

絵手紙にざくろわたしを爆ぜさせる



この投稿を読んで「いいね」「参考になった」と思ったらクリックをお願いします。
なお、Facebook、Twitterなどのアカウントをお持ちの方はそちらをクリック頂き、また、「ひざポン」ボタンもクリックください(ひざポンは無記名ボタンですのでお気軽にクリックください)。

コメントはこちらから

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

Post Navigation

Copyright All rights reserved. SHINYOKAN PUBLISHING illustration by Nakaoka.K