輪廻転生(りんねてんしょう)
夕方、シャワーを浴びたあと少し眠ったようだ。うつらうつらしている中で夢をみた(その夢の途中で目を覚ました)。背広姿のカッコイイ前田咲二先生が大勢が乗っているバスを運転していて、「“シール”がないから乗客を降ろせない(??)」と言っておられるようなのだ。それで、あきこが乗客の中を回って“シール”を調...【続きを読む】
(2017/12/4) (インド吟行)タージ・マハルとアグラ城‥“愛”の世界遺産を歩く
ムムターズ・マハルの墓廟タージ・マハルは息を呑むほどの美しさだった。しかし大気汚染による損傷が問題化しているらしい。たしかにデリーに降り立ってからマスクを外せなかった。タージ・マハルに着いても、やはりマスクを着けたままの観光だった。排ガスによる直接的な汚れの他、酸性雨によって大理石が溶解する現象な...【続きを読む】
川柳塔わかやま吟社12月句会(2017/12/9)‥《ともに生きた歩幅がきみを覚えている》(たむらあきこ)
11時半頃和歌山ビッグ愛まで。館内で3題36句を推敲。13時前に12Fまで。寿子、克子、ほのか、小雪、徑子、冨美子、紀子、なる子、日出男、保州、准一、知香ほかみなさまとご挨拶。席題は「終わり」。
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[川柳塔わかやま吟社12月句会] 出席19名。欠席投句?名。
本日の入選句...【続きを読む】
(12月6日早朝) ガンジス川に祈りを込めて供養の花を流す
ガンジス川(ガンガー)は、ヒンドゥー教徒にとっての「聖なる川」。インド北部、ヒマラヤ山脈の氷河を水源とし、ベンガル湾へと流れ出る。罪を洗い流し、身体と心を清める力を持つと信じられているらしい。
そんな聖なる川も、いまや汚泥にまみれ、世界でも有数の汚れた川(道頓堀川以上の汚染度とか)になり果ててし...【続きを読む】
インドから本日帰国‥貧富の差、空気の悪さに衝撃
少し休憩してから書いてまいります。
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本日、関西国際空港からインド吟行へ。がんばってまいります。
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インドと三島由紀夫‥「インドには行くべき時期がある。その時期はインドが決める」
昭和42年10月7日、三島由紀夫(当時42歳)がガンジス川沿いの街ベナレス(ワーラーナシー、バラナシとも)を訪れているらしい。
ベナレスは、沐浴場「ガート」が連なり、二つの火葬場がある弔いの町。インド政府に招かれて約一ヶ月間此の地に留まった三島は、フセイン大統領、ガンジー首相、インドの作家や大学...【続きを読む】
インドのどこに惹かれるか‥仏陀 (※原始仏教) に会いにゆく旅・インド吟行
仏教の開祖は釈迦。釈迦はインドのシャカ族の王子で、名をゴータマ・シッダルタといったが、出家し、菩提樹の下でこの世の真理に目覚めた。
釈迦は弟子たちから”釈尊”、”ブッダ”と呼ばれていた。”ブッダ”とは”目覚めた人...【続きを読む】
インド旅行の「顔合わせ会」‥添乗員さんの話に緊張
15時から近鉄難波ビル9階にて今回のインド旅行の「顔合わせ会」。9名のうち、5(6?)名参加。
時間ギリギリに到着、説明会のある一室に案内される。説明内容に少々不安と緊張。下記は、メモから。
🔣海外空港税 1,740円 (当日3,260円返金)
🔣インド、価値観が...【続きを読む】
インド吟行 (旅程)12月6日~7日
12月6日(水)
ベナレス 早朝 ボート ■ボートに乗り、神々しいガンジス川での沐
浴を見学。
■ホテルに戻り、朝食。
■その後、ベナレス観光
・堂内にインド全図が祀られて...【続きを読む】
インド吟行 (旅程)12月5日
ダメークストゥーパ
12月5日(火)
デリー発 10:15 ✈AI406 ■国内線にてベナレスへ
◇デリー~ベナレス(所要:1時間20分)
ベナレス着 11:35
ベナレス 午後 専用車 ■着後、ブッダが初めて説法をした初転法輪の地サ
ルナート観...【続きを読む】
インド吟行 (旅程)12月2日~4日
インド吟行 (旅程)
12月 2日(土)
関西国際発 13:25 ✈AI315 ■空路、香港経由便にてデリーへ
◇関西~香港(所要:4時間10分)
【香港にて機内待機/1時間25分】
◇香港~デリー(所要:6...【続きを読む】
インド吟行 (旅程)(12月2日~7日)
慰霊の旅・インド吟行が近づいてきた。下記は、旅程。句を詠むのはたぶん夜、ホテルの自室で一人になってから。昼間はいろいろな想いをメモに残しながら歩きまわってくる。4泊6日の旅。これから数日かけて訪れる地の資料をまとめる。それを印刷して持っていくことに。裏側を白紙にして、そこに句を書き込んでいく。
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〈第59回 文芸まつり〉表彰式 (児童生徒の部、講評)
(27日、記す) 現在2時52分。もう小一時間起きている。一昨日の夜から法事に出るため久しぶりに息子が帰ってきていて、今朝4時に東京に帰る。会社に真っすぐ出勤とか。食べるか食べないかは分からないが、カレーシチューを温めている。
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26日。9時半頃に出て、バスで県庁前まで。...【続きを読む】
栴檀木橋(せんだんのきばし)の上で②
それほど前のことではない。瓦版前会長前田咲二先生との栴檀木橋の上での会話。
「(読売)新聞社から、おれのあと(の選者)を二人書けというてきとんのや」
「〇〇のあとにあんたの名前を書いておくぞ」
と、念を押された。
「先生、それはやめておいて」
と、初めてハッキリお答えした。それまでずっとお受け...【続きを読む】
第59回 豊中市民川柳大会‥《回転木馬であの世この世の隙に浮く》(たむらあきこ)
本日の大会会場は豊中市立中央公民館。いつだったかはすぐに思い出せないが、ここの大会で選者を務めさせていただいたことがある。その大会で、同レベルの句が見当たらないことから、筆跡で前田会長の句とは分かったが秀句に採らせていただいた。お題が「歯車」だったことは覚えている。
南海本線が本日から完全に復旧...【続きを読む】
栴檀木橋(せんだんのきばし)の上で①
和歌山に、那智の滝という大滝がある。人間は多面性のいきものだが、故咲二先生の一面が大滝であったことに間違いはない。那智山青岸渡寺の納骨堂は那智の滝の近くにあるが、そこに分骨を言い残されて逝かれた。滝音を聞きながら眠りたいというお心なのである。そこにご母堂も眠っておられると伺った。
当時全国の俊秀...【続きを読む】
第41回 寝屋川市民川柳大会‥前田咲二先生を偲ぶ
柳友からの電話で出席を決めた本日の大会。
地下鉄堺筋線天下茶屋から北浜を経て、京阪で京阪寝屋川市駅まで。咲二先生をお送りするときはいつも淀屋橋駅から準急。優先座席を探されるので、そこで横に並んでの〝弥次喜多道中〟だった。いろいろと思い出しながらの電車は、どうしても湿っぽくなる。先生がおられなく...【続きを読む】
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