句集(川柳)の幸せとは、分かっていただける方の手もとに置かれること。句の良し悪しの判断も覚束ない方の手もとにあっても、句集が寂しがる。そういう意味で、川柳のよき読者はまず柳人と言うことができる。
差し上げるのもよいが、買っていただく方が大切にして下さると言う方がおられる。少なくとも買い求めようとされる方には、その句集と作者への思い入れの些(いささ)かは必ずあるはずだからと。
柳人は、私の見る限りあまり他人の句集を読もうとはしない。一般の人であれば尚更だろう。それでも我われは飽くことなく詠み続ける。川柳に魅入られていることもあるし、自己表出のフィールドとして575の定型になれ親しんでいるからでもある。句を詠むのは基本的に切なく孤独な営み。生まれ出た句が僅(わず)かであっても誰かの心に届くことを願っている。(写真:板垣孝志氏の句集『悔い』)
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