Loading...Loading...

 9月27日午後7時57分、前田咲二先生が逝去されたことを、二週間後の今月11日の新聞紙上にて発表。このことは、何事にも用意周到な先生のご遺志であることが、わたしには分かる。先生、長い間ありがとうございました。心からの哀悼の念を込めてまずこの25句を捧げます。(残りもいずれアップいたします。これから推敲を重ねてまいります。いずれ句集に収載予定)
‥ ‥ ‥ ‥ ‥ ‥ ‥
―故 前田咲二先生に捧げる25句
まぼろしをあつめる淀屋橋あたり
見えぬ目のまなざし「仙人」の部分
移りゆくこの世二つの水柱
遡る月日 あふれるきみの声
心中のきみに独語をかたむける
麓からすこし返ってくるこだま
それぞれに位置の取り方 顎いくつ
腋芽(わきめ)のびるようにきのうが継がれだす
師にまつわる記憶 鍛えているところ
きみといた日々へときどき蓋を取る
やがて辻褄が合ったら閉じる蓋
通じあうひとへのばしている想い
わたくしのきのうが透けてくる 秋陽
どこか似ている背中がふいにきみを出す
石段のカーブが覚えているきのう
まぼろしがきのうの石段に笑う
きのうのきざはし 恩師とわたくし
手に残るきのうへそれぞれの視角
深層意識にやがて紛れてゆくらしい
おぼろげな詩人の川を遡る
きみの十年の軌跡に沿っている
師も神も出掛けているらしい 十月
スコールがときどき心情の喩
四方八方にきのうが立ちあがる
公会堂のきのう 畳んで持ち帰る

ポストする LINEで送る ブックマーク
❤️ ひざポン
ありがとう!

気軽にポチっと
どうぞ(無記名)

 本日いま住んでいる地域の「ふれあい食事会」という催しがあり、ながく川柳行脚で地域の人々との交流が少なかったこともあり、参加させていただいたのね。42人出席、なごやかに食事とゲームなどを楽しんできまし... 「続き②‥江田島海軍兵学校のこと(咲二先生に伺ったこと)」の続きを読む
 海軍兵学校(かいぐんへいがっこう)は、1876年(明治9年)から1945年(昭和20年)の第二次世界大戦終戦まで存続した、大日本帝国海軍の将校たる士官の養成を目的とした教育機関。(写真:海軍兵学校生... 「続き‥江田島海軍兵学校のこと(咲二先生に伺ったこと)」の続きを読む
 川柳マガジン3月号(2013年)は川柳瓦版の会会長前田咲二特集。「柳豪のひとしずく」シリーズの中に入っている。(早くに新葉館出版さんから依頼されていたのに、やっと先生が承諾されたのね) 2月6日の句... 「江田島海軍兵学校とは、どのようなところだったのか (☆聞き書き)」の続きを読む
 咲二先生からの聞き書きで、のちに咲二先生に確認した正確な履歴のメモがあるのですが。どこにしまったか、いま捜しています。こういうことは正確の上にも正確を期さないといけないので、そのメモから書き出してい... 「川柳の横綱・前田咲二先生の軌跡‥江田島海軍兵学校生徒(卒業)から読売新聞「よみうり時事川柳」選者まで」の続きを読む
前田咲二氏死去/川柳作家 | BUSINESS LIVE – 四国新聞社 2017年10月11日 – 前田 咲二氏(まえだ・さくじ=川柳作家、本名作自=さくじ)9月27日午後... 「許せないこと」の続きを読む
(23日、記す) 現在3時19分。(衆院選の結果をネットで見たところ。ほぼ予想通り) 昨晩みさき公園駅からタクシーで7時半頃(?)に帰宅後、疲れで寝てしまったのね。  地下鉄堺筋線天下茶屋駅までご一緒... 「第22回 川柳クレオ川柳大会‥帰り、台風の影響でみさき公園(南海本線)にて足止め、タクシーでやっと帰宅」の続きを読む
Copyright All rights reserved. SHINYOKAN PUBLISHING illustration by Nakaoka.K