寛一氏の「番傘川柳つくし会」は、今年9月におじゃました「川柳二七会」と趣が似ていた。寛一氏経営の料亭で、お弁当(?)をいただきながらの句会。辻スミ氏や長岡笑子氏ほかのかたがたと知り合ったのはこの句会である。ただ毎回5千円の句会費が負担で、半年ほど(?)でやめさせていただいた。
この句会でたまたまいただいた柳誌に載っていたのが、川上富湖氏の<路郎賞>受賞の連作。それが縁で「川柳塔わかやま吟社」に入会。平成12年1月、入会した次の月に富湖氏が急逝。享年51歳。訃報を佐藤倫子さんからのお電話で伺ったときの驚愕はいまだに忘れることができない。下記は富湖氏の句。
素晴らしい友だ七色唐辛子
魚眼レンズ 後ろの正面が不安
一度目はとても律義なセロテープ
毒のない男と退屈な話
女偏考えたのは男だろ
献体へ腹の黒さをどうしよう
取り巻きの風を作ってから寒い
………続く。
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川上富湖さんの句を取り上げて頂いてとてもうれしいです。
当時の富湖さんは平成10年5月に第3回オール川柳賞大賞を受賞されて輝いていました。
富湖さんと誕生日(9月26日)が一緒で親しくさせて頂いていた僕にとって、富湖さんは憧れの人であり目標でした。
平成12年5月号オール川柳の特集「川上富湖、最後の一ヵ月」を再読して、今もまた涙が止まりません。
あきこさん、川上富湖さんを取り上げて頂きありがとうございました。
楽生さま
富湖さんが亡くなられて、いつ川柳をやめようかと考えながら1年ほどいました。結局10年と少し「川柳塔わかやま吟社」には所属。(いまは誌友)
富湖さんは、これからというところで夭逝されました。その文才と、美しい佇まいを思って悲しくなります。ほんとうに惜しいかたを亡くしました。オール川柳に「川上富湖特集」を提案したのは私です。(ほかにも要望があったのかもしれませんが)
ではまた。コメントありがとうございました。
富湖さん! 懐かしいですね。
美しい方でした。句会でも一際美しく輝いておられました。
大輪さんをお見かけする度に思い出します。
玉青先生のお弟子さんさんに、中島生々庵先生の奥様、小石さんが在籍され、心斎橋大丸で、スケッチ展など開かれ寄せて頂きました。
川柳塔記念大会に、玉青先生をお迎えして、壁面に「牡丹」を描いて頂いたパフォーマンスも懐かしく思い出しました。
短歌から川柳に…とお伺いしました。私は俳句からです。
通勤途中の先輩に番傘の同人がおられ転向しました。
通帳に仏壇と書きあと三年 1945年..昔もむかし..古い話です。
7日から息子宅で3泊していましたので、ブログ拝見が遅れていました。
錦秋からクリスマスと世間は駆け足です。
お大事にお過ごし下さいませ。
高杉千歩さま
あの人この人、どこかで繋がっているんですねー。日本は狭いです。
親孝行な息子さんで、お幸せですねー。千歩さんは、画と川柳と、最高の人生だと思いますよ。
私の人生も悪くありません。好きなことに費やせる時間があります。仕事をし、子を育て、親を看取りました。いまは自分の時間を、川柳という奥の深い文芸を究めることに費やしています。ありがたいことです。ではまた。お風邪など召されませんよう。