本日から川柳マガジン「前衛川柳」の選
昨日新葉館出版さんから本日集句を届けるとの連絡があり、待機。いつも通り選には完全を期したいので、これから10日間をかけてたたかう。5日-6日に熊野吟行を控えているので、4日までにだいたいの選結果を出すことに。(-ω-;) 選後感想に三日はかかるので、場合によっては吟行先に集句を持参、行きと帰りの列...【続きを読む】
古への旅・亡父への旅‥熊野川吟行へ予定を組む
瀞ホテルから見下ろす瀞峡を走るウォータージェット船
瀞ホテル
瀞ホテルから見下ろす瀞峡
…ここは三重・奈良・和歌山の三県が接する地点だが、わたしの立っているのは奈良県十津川村の田戸という。山腹の家の燈火があかあかとしていて、霧の流れがみとめられる。(『殘櫻記(ざんおうき)』より。著者はあきこの亡父...【続きを読む】
いまハマっている食べもの
(8月30日、記す) みなさま、長らくお待たせいたしました。m(__)m
暑~い夏にもようやく秋の気配。9月5日-6日の熊野川吟行までにはもっとなんとかなっていそう。やれやれ。
酷暑にはよけいに暑くなる調理をなるべく避け、果物を中心にソバなどでお茶を濁していました。腐っても女(ほんまかいな)、い...【続きを読む】
熊野市、ここを訪ねたい‥日本最古、世界遺産花窟神社(はなのいわやじんじゃ)
花の窟は、神々の母である伊弉冊尊(イザナミノミコト)が火神・軻遇突智尊(カグツチノミコト)を産み、灼かれて亡くなった後に葬られた御陵。平成16年7月に花の窟を含む「紀伊山地の霊場と参詣道」が世界遺産に登録された。花窟(花の窟)神社は日本書紀にも記されている日本最古の神社といわれており、古来からの...【続きを読む】
熊野灘‥風景と日本人のこころ
灯台下暗し、ということか。行ってみればさほど遠くもないのに、紀南はずっと心理的に遠かった。串本にはずいぶん前に短歌の会や詩の会で行ったことがあるのだが、その先の新宮となると遥か竜宮(?)のように遠い地のような気がしていた。
6月25日の鈴鹿市民川柳大会の翌日、近鉄白子駅から津経由でJRに乗りかえ...【続きを読む】
ちいさなしあわせ
昨晩は、原稿の提出期限が来月に迫っている新葉館出版の『〇〇〇〇〇〇〇〇〇』収載240句の見直しと、あとがきを書いて推敲していたのね。いまいちばん力を入れているのはここ。正直言って半年ほどは『たむらあきこ千句』出版の疲れが残っていて、イマイチこの作業に乗り切れなかったのだけど、やっとまた真正面から取...【続きを読む】
川柳マガジン、今月の月替わり川柳①『前衛川柳』の選(選結果は10月号)をひかえて
8月15日が投句締め切りだったので、今回選を依頼されている『前衛川柳』の集句がもうすぐ新葉館出版から送られてくる。(どんな句が寄せられているか、いまから楽しみなのね~❧。) あきこ選の選結果の掲載は、川柳マガジン10月号。手元の8月号に「前衛川柳」の定義が書かれているので、みなさまのご参考までに。...【続きを読む】
川柳塔わかやま吟社8月句会‥《約束の軽いまたねが残る耳》
10時半頃近くのバス停から北出島まで。徒歩で和歌山ビッグ愛まで。思いついて途中の道を変えると風景が新鮮。11時頃着。いつも通り館内にて推敲。13時前に12Fまで。小雪、ほのか、克子、紀久子、愿、保州、知香、なる子、紀子、日出男、めぐみ、徑子ほかみなさまとご挨拶。
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[川柳...【続きを読む】
新宮市出身の大逆事件の刑死者・大石誠之助について調べる
目覚めるとまず思うのが前田咲二先生のこと。先月25日(だったか?)に電話をいただいてからずいぶん日があいている。(先生は自宅療養中、体調のことがあるのでこちらから電話するのは控えているのね。)
心を許していただいているので、いままでもいろいろ生まれ故郷新宮のことなどを折々に伺っている。ご家族でさ...【続きを読む】
9月5日-6日、熊野川吟行‥熊野川について調べ始める
熊野川(くまのがわ)は、奈良県、和歌山県、および三重県を流れる新宮川水系の本流。下流の熊野本宮大社と熊野速玉大社間の流域は「紀伊山地の霊場と参詣道」の一部として世界遺産に登録されている。
古来身分を問わず多くの人々が憧れをいだき、救いを求め、蘇りを願って異郷の地とも思える山深い熊野の地を目指した...【続きを読む】
川柳会の今とこれから‥上野勝比古氏の巻頭言(川柳御所柳8月号)を転載
11日に招待選者として出席させていただいた京都番傘8月句会。そこでいただいた 川柳御所柳8月号掲載の上野勝比古氏の巻頭言が、これから川柳を始めようと考えておられる方々に現在の川柳会運営の状況などを知っていただくのにちょうどよいと思われたので、ご参考までに(無断で)転載、全文を記させていただきます。...【続きを読む】
恐山うしょろ(恐山吟行25句 2017/7/21)
恐山うしょろ
大祭はいま 炎天を抗(あらが)わず
無間地獄(むげんじごく)を石が仕立てる恐山
岩に縁(よ)り露出する鬼 鬼鬼鬼
火葬のあとの骨か石かと恐山
ややななめうしろに鬼の息がある
荒涼の絵になってゆく恐山
けふはけふの赤鬼青鬼きて嗤(わら)う
どの焦げ目からも地獄が口あける
千二百年のき...【続きを読む】
「…!」クラクラする蒸し暑さ‥京都番傘8月句会《曇天の似合う独りを生きている》
京阪祇園四条駅で降り、エスカレーターで地上に上がると、日傘をささずにはおれない暑さ。(一応日傘は持ってきていたのね、大正解) 四条大橋を渡って、さらに日陰をさがす。大勢の人と行き交いながら、錦市場のほうへ。ここも大勢の観光客でごったがえしていた。途中右折、柳蛸上るコープ・インまで。
上野勝比古氏...【続きを読む】
これをやりたいのよね… (無謀?)
瀞峡(どろきょう)は、和歌山・三重・奈良三県を流れる北山川上流の峡谷。上流から順に、奥瀞、上瀞、下瀞と呼ばれ、下瀞は瀞八丁の名でとくに有名。巨岩、奇岩、断崖が続く渓谷美を古くから讃えられている。とくに下瀞は巨岩・奇石が並び荘厳で美しく、親しみをこめて「瀞八丁(どろはっちょう)」と呼ばれている。静か...【続きを読む】
苦吟、恐山の開基円仁(慈覚大師)のことから、天台宗について調べる
恐山を詠むことは難しかった。恐山はおよそ千二百年前に慈覚大師円仁(じかくだいしえんにん)によって開かれた霊場。円仁は日本天台宗の宗祖・最澄(伝教大師)の弟子。最澄は法華経を基盤とした戒律や禅、念仏、そして密教の融合による総合仏教としての教義確立を目指していた。
恐山は火山性ガスの噴出する岩肌の一...【続きを読む】
あだしののむえんぼとけにともるひのいよよなつかしみほとけのむれ
短詩型文芸には短歌から入った。あとエッセイ、詩、俳句、川柳と続く。いまでもまだ、時間さえあればと、短歌への想いを捨て切れてはいない。川柳だけでも時間がないのにと、そんな想いはすぐ自嘲に変わる。亡母が歌人だったことで、その血がどうしても騒いでしまうのだろう。わたしの本来は柳人よりは歌人ではないかとい...【続きを読む】
〈吟行〉か〈観光〉か
延命地蔵尊(恐山)
ただいま夜中の1時23分。目が冴えて眠れないので、起きた。「恐山吟行70句」の後半を昨夕から練り始めているのだが、それも投げ出している。7月21日の吟行から2週間を経て、そろそろできたかと待っていて下さる方もおられる。印象があいまいになる前にまとめ上げねばならない。
かつて川...【続きを読む】
ホテルあれこれ②‥とんでもないホテル( ゚Д゚;)
ホテルがみなよいとは限らない。あちこち泊まってきたので、最近はネットの口コミと勘で選んで、まず間違いはないようになった。
よいホテルは納得して出るせいか、よほどでないとあまり印象には残らない。腹が立って出るホテルは、いつまでも覚えている。ブログにはそういうホテルの名を記せない。ホテル名を記すホテ...【続きを読む】
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