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 松尾芭蕉(まつおばしょう、1644年-1694年)は、江戸時代前期の俳諧師。伊賀国阿拝郡(三重県伊賀市)出身。1662年の年末に詠んだ句《春や来し年や行けん小晦日(はるやこし としやゆきけん こつごもり)が作成年次の判っている中では最も古いものだとか。

 1677年もしくは翌年の1678年に、宗匠となって文机を持ち、職業的な俳諧師となった。1687年2月に伊勢神宮を参拝、一度伊賀に戻るが3月にはまた伊勢に入った。西行500回忌に当たる1689年3月27日、弟子の曾良を伴い『おくのほそ道』の旅に出た。かれにとって旅は、西行や能因らの歌枕や名所旧跡を辿る目的をもっていたのね。

 芭蕉は8月下旬に大垣に着き、約5ヶ月の旅を終えた。その後9月6日に伊勢神宮に向かって船出、参拝を済ますと伊賀上野へ。12月には京都に入り、年末は近江 義仲寺の無名庵で過ごしたのね。

旅に病んで夢は枯野をかけ廻る

 この句が事実上最後の俳諧となるが、病の床で芭蕉は推敲、「なほかけ廻る夢心」や「枯野を廻るゆめ心」とすべきかと思案したというのね。10日には遺書を書き、12日申の刻(午後4時頃)、息を引き取った。享年50。遺骸は門人が舟に乗せて淀川を上り、13日の午後近江(滋賀県)の義仲寺に運ばれたのね。翌14日葬儀、深夜遺言に従って木曾義仲の墓の隣に葬られた。

 芭蕉は、「詩歌連俳はいずれも風雅だが、俳は上の三つが及ばないところに及ぶ」と言う。及ばないところとは「俗」を意味し、詩歌連が「俗」を切り捨てて「雅」の文芸として大成したのに対し、俳諧は「俗」さえ取り入れつつ他の3つに並ぶ独自性が高い文芸であると述べているのね。さらに芭蕉は「かるみ」の域に到達したと考えられる。「かるみ」については、「高く心を悟りて俗に帰す」という言が残されているのね。(『三冊子』)

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