
延命地蔵尊(恐山)
ただいま夜中の1時23分。目が冴えて眠れないので、起きた。「恐山吟行70句」の後半を昨夕から練り始めているのだが、それも投げ出している。7月21日の吟行から2週間を経て、そろそろできたかと待っていて下さる方もおられる。印象があいまいになる前にまとめ上げねばならない。
かつて川上三太郎や尾藤三柳が目に焼きつけた恐山とわたしの見た恐山とは、たぶん相当違っているだろう。観光地化したことが原因だろうが、揺さぶられるほどの感動はなかった。炎天に石石石の間を抜けてやっと歩いてきたが、10月であればまた違う恐山ではなかったか。
とまれ硫黄臭の中をやっとぬけて、境内の濃厚な温泉に浸れたことはよかった。古滝(こたき)の湯。無料で開放していることも、中が非常に清潔だったことも、禅宗(曹洞宗)の寺らしく嬉しいことだった。境内に4か所噴出する温泉のうち、花染(はなぞめ)の湯がもっとも名湯だということなので、ここにも入ってみたい(ただ混浴ということなのね)。今度行くとすれば10月末、閉山ぎりぎりがよいかもしれない。また違う恐山にあえることだろう。真冬にこそ恐山はその霊山たる姿を見せるのだろうが、閉山期間に行くということまでは考えられない。バスも不通。
「恐山吟行70句」を詠みきるために、天台宗(恐山は最澄の弟子慈覚大師円仁開基)の教義を数日前から勉強し始めている。以前ある大会に出席した折、そこにいた方が「吟行を楽しんできて下さい」と言われるので、違和感をもったことがある。〈吟行〉とは創作の苦しみをともなうもので、〈観光〉ではない。〈観光〉ではわずか1句をものすることもできないだろう。
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