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 京都の水源に位置する貴船神社(きふねじんじゃ)は水神である高龗神(たかおかみのかみ)を祀る。和泉式部は40歳を過ぎた頃、中宮・彰子の父藤原道長の家司で武勇をもって知られた藤原保昌と再婚、夫に従い丹後に下った。やがて夫との不仲に悩む。そのことで貴船神社へ参拝したという伝承に因み、境内にある結社は恋愛成就の御利益があるとして多くの人々が訪れる。
 紫式部は、日記(『紫式部日記』)に和泉式部のことをあまりよくは書いていないのね。下記は式部の歌人としての資質について。現代語訳。(五十五段)
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 和泉式部という人は、ことさら趣深い手紙を(恋の相手と?)交わし合った人である。とは
言え、和泉には感心しない点(男遍歴?)はある。だが、親しい間柄の相手に対して文章を
すらすらと書いたときに、その文才が発揮される人であり、ちょっとした言葉の持っている生き生きとした美しさも見受けられるようだ。歌に関しては、本当に素晴らしい才能だ。歌に関する知識や理論は、本来の歌人としては足りない。だが、思うがままに口にする言葉の中に、必ずはっとするような趣ある言葉の一片を詠み添えるのだ。とは言え、人々が和泉の詠んだ歌を批評している際は、「いや、和泉はそこまで歌の心を解してはいない。口をつくままに歌を詠んでいるのだろう」と見られる歌人になるようだ。「非の打ちどころのない歌人だ」とは私には思えない。
原文
 和泉式部といふ人こそ、おもしろう書きかはしける。されど、和泉はけしからぬかたこそあれ、うちとけて文はしり書きたるに、そのかたの才(ざえ)あるひと、はかない言葉のにほひも見え侍るめり。歌は、いとをかしきこと。ものおぼえ、歌のことわり、まことの歌よみざまにこそ侍らざめれ、口にまかせたる言どもに、必ずをかしき一ふしの目にとまる詠み添へ侍り。それだに、人の詠みたらむ歌難じことわりゐたらむは、「いでやさまで心は得じ。口にいと歌の詠まるるなめり」とぞ見えたるすぢに侍るかし。「恥づかしげの歌よみや」とはおぼえ侍らず。
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 紫式部は、和泉式部の歌には必ず光るものがあると褒めている。ただ紫式部は歌人を評価する際、天才的な閃きだけではなく、教養の深さも重視していたのかもしれない。紫式部にとって、和泉式部の教養は物足りないものだったのだろう。称賛しつつも「恥づかしげの歌よみや」とは言えないといっている。(「恥づかしげ」は「気後れするほど優れている」の意。)

 和泉式部は19歳で和泉守・橘道貞の妻となった。そのため夫の任国と父の官名を合わせて「和泉式部」と名をつけられたが、帰京後は別居状態になり、冷泉天皇の第三皇子・為尊親王との熱愛が世に喧伝された。由緒正しい家柄とはいえ、皇族とでは身分の違う恋であるとして親から勘当された。為尊親王が死去すると、今度はその弟・敦道親王の求愛を受けた。敦道親王は式部を邸に迎え、正妃が家出することになる。
 道貞との間にもうけた娘・小式部内侍は母譲りの歌才を発揮し、母とともに一条天皇の中宮・彰子に仕えた。母式部と区別するため、「小式部」という女房名で呼ばれた。小式部も母親と同様二人の父親の違う子を産んだが、25歳で産後急死。和泉式部の悲嘆に沈んだ歌は胸を打つ。
 とどめおきて誰をあはれと思ふらむ子はまさるらむ子はまさりけり」(母である私と子供を残して娘は死んだが、あの子は死ぬ間際に、私と子供のどちらに心を残して逝ったのだろう。それは決まっている、子供のほうだ。だって私は我が娘を失ってこんなに悲しいのだから)。
 暗きより暗き道にぞ入りぬべき遙かに照らせ山の端の月」(どうにもならない闇から闇にさまよいこんでしまいそうだ、どうか山の端の月よ、遥か彼方の道までも照らし出しておくれ)。和泉式部はこの、仏教への傾倒が伺われる歌を性空上人に送った。
 百人一首の「あらざらむこの世のほかの思ひ出に今ひとたびの逢ふこともがな」(私の命はもうすぐ尽きてしまうでしょう。せめてあの世への大切な思い出として、私の命が尽きる前にもう一度だけ、あなたにお逢いしたいものです)。「あらざらむ」の「あら」は動詞「あり」の未然形で「生きている」、「あらざらむ」で「生きていないだろう」となる。

 和泉式部の歌は熱く生々しく「目に見えぬ鬼神をもあはれと思はせ(古今和歌集仮名序))、女の情念の世界に引きずり込む。その奔放な生き方とともに、千年経っても忘れられることなく、京都の誠心院では毎年3月21日に和泉式部忌の法要が営まれている

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