写真は台湾教育の聖地・芝山巌の、山内の歩道のきわに咲いていた花。この地で暴徒による凄惨な最期を遂げた六氏(六士)先生の血のようであり、また教育への真摯な情熱のようにも見える赤だった。
台湾では日本への割譲当時、反対する勢力が激しい抵抗を続けていたという。寝耳に水だった日本統治を受け入れるはずもなく、武器を手にとっての抵抗を繰り広げたらしい。日本統治時代の文献によれば、「身に武器を持つことなく民衆の中に入っていかなければ、教育というものは出来るものではない。もし我々が襲われて、殉ずることがあっても、台湾子弟に日本国民としての精神を具体的に見せることができる」という言葉を残し、死を覚悟した上で芝山巌にとどまることを決めていたという。
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台北(芝山巌・圓山大飯店)吟行26句(2019/2/28~3/4)
芝山巌
こころざしの高さをいまに芝山巌
濃く淡く統治時代を引きよせる
地にしみる水澄むように芝山巌
道観のあたりの春が冷えている
きのうの続きのひとりを歩く芝山巌
遷る世へ変わる聖地も聖職も
時のながれのなかへと影を剥がされる
芝山巌精神これも滝だろう
死に甲斐はあるかといまを向く一話(六士先生は『死して余栄あり、実に死に甲斐あり』と教育に殉じる覚悟で芝山巌に残る)
同帰所を拾ってしまう独り者
遭難之碑 冬の長さをつぶやいて
芝山巌に思いめぐらす川になる
割譲のあとの時間が澄みきれず
蘇る無惨あの日へ芝山巌
芝山巌精神に冬雲ながれ(六士先生遭難は1月1日)
語りつぎ確かめ合っている世代
博文(註 伊藤博文)揮毫の石ふたたびを立ちあがる
殉じやがて祀られ台北に六士
碑(いしぶみ)を立たせる こころへとこころ
圓山大飯店
龍宮の異称が龍を昇らせる
窓のない室にも龍の息づかい
頂層にとどろくかぜの歴史観
地下道があるから潜ませることば
それからの曲折すこし拾い読む
あれは龍の声か否かとかぜのなか
統治後百二十四年のいま 台湾
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