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 定金冬二(さだかね・ふゆじ)は大正3年(1914年)津山市生まれ。昭和6年「漫画川柳」との出会いから川柳に興味をもち、昭和23年津山番傘川柳会を創立。昭和31年 川柳みまさか吟社を創立。津山市に句碑あり。出版されている作品集は『無双』、『一老人』。平成11年(1999年)没。
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定金冬二の川柳15句
香典の包みをひらくわがゴッホ
一老人 交尾の姿勢ならできる
ケイトウは鬼のかたちで立ちはだかる
ぼうふらの眼にぼうふらが死んで行く
ぼくはきっとカマキリという死者になる

ふところに男は駅を一つ持つ
百日草 百日咲いて莫迦になる
わたくしの通ったあとのすごい闇
音たてて転べ誰かが見てくれる
橋が長いのでおんなが憎くなる

いつか私の柩が帰る古い駅
割り箸を割ると枯野が見えてくる
闇を出て花火師になるほかはなし
死ぬときはひとり独りの花を買う
かくて大地に人間のめし犬のめし

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