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 わたしは1951年、いわゆる戦後混乱期と言われる時代の終わり頃に生まれたのね。第二次世界大戦の終結(1945年9月)から、6年後。まだ戦後日本がGHQに占領されていた時代。幼い頃の記憶をたどると、どの家庭もおなじだっただろうが、生活はごく慎ましかった(貧しいとは、思わなかったのね)。小学校一年の途中で、山奥の清水町(和歌山県)の父の赴任先の官舎(公務員住宅)へ家族で引っ越したのね。嬉しかったのは、小学校で午前中ミルク(脱脂粉乳)を飲ませてもらえたこと。アツアツのミルク(当時学校給食に供されたものはバターを作った残りの廃棄物で、家畜の飼料用として粗雑に扱われたものらしい)のにおいと味をなんとなく覚えているのね。(あきこは、けっこうおいしく飲んでいたのね、笑)
戦後間もない頃の日本の食糧事情を知ったアメリカ合衆国市民団体が、日本子供たちの為に実行したララ物資だった。ただし、当時アメリカには脱脂粉乳が過剰に余っており、支援にかこつけて在庫処理したとする説もある[1]。(Wikipedia)
 下記の一文は、戦後混乱期あたりの事情。
…‥‥‥‥‥‥………‥‥‥‥‥‥………‥‥‥‥‥‥……
(日本政策研究センター研究員 小坂実)〈『明日への選択』平成17年7月号〉
 ……むろん、こうしたマッカーサーの対応の背景には、占領政策を成功させるために天皇の力を政略的に利用しようとする意図があったともいえよう。しかしマッカーサー回想記などのその後の発言を踏まえれば、マッカーサーが「心から天皇に心服し」、「九月二十七日の会見を以て、彼の対天皇関係は、初めに敬愛ありき、とでも言うべき鋳型が出来てしまった」(小堀氏・前掲書)ことも、また否定できない事実というべきなのである。

 そして、マッカーサーと昭和天皇との間に「初めに敬愛ありき」とでもいうべき鋳型が出来たことにより、実は戦後の多数の日本人の命が救われたともいえるのである。その点については、当時の農林大臣であった松村謙三氏の『三代回顧録』に詳しく書き留められている。ここではその要点のみを記しておく。

 終戦直後の日本は食糧事情の悪化に直面しており、昭和二十年十二月頃、天皇は松村氏に対して、「多数の餓死者を出すようなことはどうしても自分にはたえがたい」と述べられ、皇室の御物の目録を氏に渡され、「これを代償としてアメリカに渡し、食糧にかえて国民の飢餓を一日でもしのぐようにしたい」と伝えられた。

 そこで当時の幣原首相がマッカーサーを訪ね、御物の目録を差し出すと、非常に感動したマッカーサーは、「自分が現在の任務についている以上は、断じて日本の国民の中に餓死者を出すようなことはさせぬ。かならず食糧を本国から移入する方法を講ずる」と請け合ったという。

 松村氏は記している。「これまで責任者の私はもちろん、総理大臣、外務大臣がお百度を踏んで、文字どおり一生懸命に懇請したが、けっして承諾の色を見せなかったのに、陛下の国民を思うお心持ち打たれて、即刻、〝絶対に餓死者を出さぬから、陛下も御安心されるように……〟というのだ。……それからはどんどんアメリカ本国からの食糧が移入され、日本の食糧危機はようやく解除されたのであった」と。

 これは、やはり「捨て身」のご精神によって敵将を心服せしめた昭和天皇の御聖徳の賜物というしかない。(すべて原文ママ)
続きは次々回

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