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 川柳は〈無名性の文芸〉といわれる。無名性、それは魅力でもあるが、短歌や俳句にくらべ、一般社会での受け止められ方を考えるといかにも心もとない。川柳句集の発行も盛んといえば盛んだが、句集への他ジャンルからの反応はほとんどない。読者層もほぼ既存の川柳会に所属する人々に限定され、外部に広がっていくことはあまりないように思われる。作品を世に問うということがなければ川柳人だけで披露しあっていることになり、世界が広がらないことは言うまでもない。

 1689年春、数え年46歳の芭蕉は江戸を出発、東北から北陸へおよそ5か月間の旅に出る。この旅をもとに書かれた『おくのほそ道』は紀行文学の最高傑作といわれている。『おくのほそ道』には旅先の歴史や風景、人との出会いなどが記され、格調高い文章と句で構成されている。下記は、所収のうち5句。

夏艸や 兵共が 夢の跡
閑さや 岩にしみ入 蝉の声
さみだれを あつめて早し 最上川
荒海や 佐渡によこたふ 天河
旅に病で 夢は枯野を かけ廻る

 上記のような名句は色褪せることがない。推敲に推敲をかさねた句である。川柳にも芭蕉に匹敵するような天才が現れないものだろうか。吟行によって生まれたこれらの句を眺めながら、コロナ後の吟行に想いをはせる。(写真:佐渡島)

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