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 生きとし生けるもの一切とともに生きる。それが神道(しんとう)であり、日本の伝統精神なのではないか。

 日本人は、農耕民族として自然とともに生きてきた。五穀を授けてくれる自然を敬い、かつ畏れた。自然のあらゆる現象に手を合わせてきた。日本古来の神も外来の仏も、ともに拝む。つまり身のまわりのすべてとともに生きるというのが日本人であり、それが日本の伝統精神といえなくはないか。
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神倉神社は、熊野速玉大社の摂社である。新宮市中心市街地北西部にある千穂ヶ峯の支ピーク、神倉山(かんのくらやま、かみくらさん、標高120メートル)に鎮座し、境内外縁はただちに断崖絶壁になっている。山上へは、源頼朝が寄進したと伝えられる、急勾配の鎌倉積み石段538段を登らなければならない。

山上にはゴトビキ岩(「琴引岩」とも。ゴトビキとはヒキガエルをあらわす新宮の方言)と呼ばれる巨岩がご神体として祀られている[1]。この岩の根元を支える袈裟岩と言われる岩の周辺には経塚が発見されており、平安時代の経筒が多数発掘され、そのさらに下層からは銅鐸片や滑石製模造品が出土していることから、神倉神社の起源は磐座信仰から発したと考えられている[1]

神倉神社の創建年代は128年頃といわれているが、神話時代にさかのぼる古くからの伝承がある。『古事記』『日本書紀』によれば、神倉山は、神武天皇が東征の際に登った天磐盾(あめのいわたて)の山であるという[1][2]。このとき、天照大神の子孫の高倉下命が神武に神剣を奉げ、これを得た神武は、天照大神の遣わした八咫烏の道案内で軍を進め、熊野・大和を制圧したとされている。(Wikipediaから、一部…‥‥‥‥‥‥………‥‥‥‥‥‥………‥‥‥‥‥‥………‥‥‥‥‥‥……
  山ひとつ、岩ひとつ、森の木一本も、日本においては信仰の対象だった。自然との調和のなかで生きてきたのが日本人であり、その原点ともいえるのが神道なのである。まちがいなく、一般日本人のアイデンティティーはその周辺にある。キリスト教やイスラム教が行動の規範となる経典をもっているのに対し、神道には規範なり経典というものはない。身近な自然の中にそれを見出し、自然の理法にしたがって生きてきたのが日本人なのではないだろうか。

 日本人は、茶道も華道も、“道”と付くものはたんに茶を点てる花を生けるというだけでなく、その奥の精神性を追求するという特性をもっている。たとえば茶道は、茶を点てる動作をいかに無駄なくかつきれいに行い相手をもてなすかということを突き詰めていったものである。所作の中に美的生き方のようなものをも追求してきたのである。それは武士道にも通じる。(そういえば、川柳マガジンにも“川柳道”と名付けられた柳壇がありますよね、笑。)

 日本人は、たとえば茶道を生活の美学的規範にまで磨き上げた。お辞儀のしかた手の運び方など立ち居ふるまい、礼儀作法を凝縮しているのが茶道。ひと言でいえば生活のマナーをこのように洗練させたのは日本人だけではないかと。

 “和”を重んじ“共生”を実現する日本の伝統精神である、〈神道〉。これを広めることが、いま対立し混迷する世界に向けての日本人に与えられた使命なのではないかと。日本人は誇りをもってこの伝統精神を世界に示すべきではないかと思うのである。

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