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 下記、あきこの嘱目吟の詠み方が簡単に分かるように記してみました。ウィキペディアなどで吟行地に関係のあることばを(正確に)拾いながら、現地でイメージを膨らませて詠みます。個人や会のみなさまで吟行されるときのご参考まで。
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水間観音(水間寺)吟行13句(2020/11/24)

  水間線から刻を濃くする
水間の地ふいに行基が立ちあがる
  参拝は略落ち葉ふみしめ
  菩薩化身童子行基
童子かもしれぬがあなたかもしれぬ
  水間の地へと秋を合流
  きのうに入る導かれつつ
聖武天皇勅願から入る
それと伝わることに方向性がある
疎まれていたか堂宇もわたくしも
  記憶への自負くずれ佇む
塔になるまでのふたりの雨ざらし
きみとわたくし二つの合流
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フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』から、一部。
寺伝によれば、天平年間(729年749年)に聖武天皇勅願により行基が開創したものという。行基は、病床の聖武天皇の夢に現れた観音菩薩を求め、白鳥(しらとり)に南西の方向に導かれたが、その白鳥は和泉国で羽根だけを残し何処へともなく消え去り(この地は現貝塚市鳥羽だと言う。)、彷徨いながら北東の方向へ進んで行くと、16人の童子(観音菩薩の化身)に遭遇し(この地は現貝塚市清児と言い、稚児塚の伝承地が現存する。)、その童子に案内され、行基が2つの合流する「水間の地に着き、誘われて滝に向かうと竜神が現れ、聖観音像を授けられたと伝わっている。その滝は、現在の本堂の裏を流れる秬谷川にあったらしく、現在は岸辺に設置されたフェンスに「聖観音菩薩出現の滝」と墨でかかれたボードが設置されている。

貞享5年(1688年)に刊行された井原西鶴の『日本永代蔵』の第1話「初午は乗て来る仕合」に「泉州水間寺利生の銭」と記されたことで全国的に知られるようになった。1925年大正14年)には参拝客を運ぶための水間鉄道水間線が開通している。

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