次の川柳集発刊に向けて苦しんでいる。その中で、『川柳文学コロキュウム創立10周年記念合同句集』を開かせていただいた。50名の作家の各15句。川柳は、人間のどこまでを詠みきれるものなのだろう。川柳を「蕩尽の文芸」とされたのは小池正博氏だが、そのコトバが脳裡に閃く。下記は句集の中の、嶋澤喜八郎氏の作品。
‥ ‥ ‥ ‥ ‥ ‥ ‥ ‥ ‥ ‥ ‥ ‥ ‥ ‥ ‥ ‥ ‥ ‥ ‥ ‥ ‥ ‥
川柳文学コロキュウム創立10周年記念合同句集から
訂正 嶋澤喜八郎
人間がひしめき合っている寒さ
フライングしたのは影かわたくしか
何見てる何にもと言う春の午後
紫陽花はむらさき逃げ道はこちら
振り返るたびに日傘が小さくなる
蟷螂の斧にうっすら錆が浮く
つまんない握ってたのは夜だった
風船は割るもの夜は割れるもの
向日葵を味方につけていて淋し
朝顔に名前をつけて呼んでみる
疲労感じわり無花果熟れている
ミノムシにつられ告白してしまう
空しさは色を足しても削っても
「ありがとう」逆さ文字書くバスの窓
訂正はしませんインク切れました
「絶対に訂正しない寒卵」
ふらふらとしていた私の俳句への歩みは、上の一句で方向が見えて来たように思います。
伝統川柳から自由律俳句へ、そしてふと飛び込んだ川柳の世界。10数年を経た今、そのよって立つ位置、焦点がゆらぎあやふやになって来たのを感じます。
ここでもう一度原点にたちかえり、「自分を、自分らしく」表現することに徹しようと思っているところです。(大阪府交野市在住)
Loading...


















































やっと見つけました。
大会報参考になりました。又のご来点よろしく!!(ー_ー)!!
KOBANさま
交差点、また行かせていただきます。
大会報、疲れていてちょっと手抜きになってしまい、申し訳ありません。
嶋澤喜八郎氏の目指されている川柳は、たぶん私の目指している川柳に近いと思われます。文芸川柳として、深く余韻のある川柳を詠んでいきたいと考えています。
またのご訪問をお待ちしています。
人間がひしめき合っている寒さ
すごい句ですね(^^)V素晴らしいです。良くある言葉なのに、良くある風景なのに、人生すべてを言い表している。
つまんない握ってたのは夜だった
面白い句です。今回もとてもとても勉強になりました(^^)
自分の句が書けるようになった。と暫くは思い。また分からなくなり。またある時、自分の句が書けるようになった。と。一生それの繰り返しかなと思っています………
偉そうなことを言いますが、芭蕉にしても、おそらく死ぬまでこれの繰り返しだったのではないかと思うのです………
癒しなのか、戦いなのか、………自分との対話ですね(^^)
伊東志乃さま
はい。嶋澤喜八郎氏の句はちょっと違いますねー。
川柳も、この深さまで詠みたいものです。長生きして、さらに句の境地を深めていただきたいと思っています。(長生きして、は余計なんですが)
素敵な先輩には、長生きしていただきたいと心底思っています。
あきこさま
嶋澤喜八郎さんは新しいなあ と感じました。
難しい言葉ではなく 日常に使う言葉の並びで表現されている。
いまの有線放送で聞こえてくる歌の歌詞のように、すんなりはいってきますね。映像がすぐ浮かんでくるのです。私と同世代の方なのでしょうか。
竹内いそこさま
若々しいですが、ずっと年上。
詠んでおられることの内容が深いので、ファンは多いと思われます。(あきこも)
瓦版の同人でもあります。
「私の川柳の出発点に嶋澤喜八郎さん」
川柳でもやってみようかと思い、最初に開けた「川柳マガジン」から、飛び込んできたのが喜八郎さんの名前。黒い糸に結ばれているのでしょうか、喜八郎さんが交差点を立ち上げられて以来、ついつい河内盤船まで足を運んでしまいます。ε=ε=ε=ε┏(。´Д`。)┛
「私のポリシー」
『人生は石材である。それをもって神の姿を彫刻しようと、悪魔の姿を彫りだそうと、各自の心のままである』(スペンサー)
りょーみさすけさま
ぬぁんと。(何と、と言っています)
私も、ですねー。大阪の川柳マガジンクラブ句会で初めてお目にかかったのは、平成17年。それからのお付き合い。
それ以前から、独特の句に注目していました。
嶋澤喜八郎さんには、先づ読者に解らせたうへで評価を俟つとする、大人の作句姿勢を感じます。
読者としては、「言葉のハッタリ」などで作者の軽薄な感性を誇示・強要されるとなく、安心して鑑賞できるやうに思ひます。
板坂壽一さま
はい。「言葉のハッタリ」、その程度の句も多いと思います。
よく秀句をとられていた(?)方が句集を出されたのですが、殆どはそういう句でしたから。1句だけ読めば分からないのですが、集めてみると分かるということがあります。
句集を出すということは、すべてが曝け出されるということですね。
但し、読者の、句を「読むチカラ」も問われるわけです。