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 『たむらあきこ吟行千句』はすでに市民図書館へ3冊寄贈、あと県立図書館ほかへも近日中に寄贈の予定。リアル書籍はわずか100冊のみの電子書籍。

 吟行への想いの原点は、川上三太郎師と尾藤三柳師の“恐山”連作にある。両師を偲びながら、また病臥中でいらした前田咲二先生を思いながら、2017年7月21日、灼熱の恐山を水をたっぷり含ませて首にかけたタオルを頼りに一時間ほども吟行してきたのだった。

 生死(しょうじ)を詠むことが多い。吟行という旅に出ると、ますますその傾向が強くなってくる。うた(詩)とは、たぶん旅の心理状態の不安定さから生みだされるものなのだろう。旅に出ると“死”が近くなる。

 平成16年の春、父が逝った。臨終に立ち会ったのは、わたしと姉だけだった。家族が席を外している間も、ずっと父の手を握っていたので、その手から体温がぬけていくのがわかった。握っている手を、一度握り返してくれたのも覚えている。人間が生死の境を越えたところを目の当たりにしたのは、父母、二人だけである。

 人の死とは、とくに遺体とは、なんというか圧倒的なものなのね。遺された者をただ圧倒する。母が亡くなったとき、たましいが身体から抜け出て病室の天井に浮かんだのが見えたということを父から聞いていたが、父のたましいも煙の塊のようにゆらゆらと漂ったのかもしれない。

 父が逝った病室(個室)も、「空きができた!」ということで、もうその翌日には誰かの病室になったことだろう。人の死とは、生者(しょうじゃ)にたちまち片隅に追いやられてしまう。それほどの、どこにでもある、言わば軽いことなのね。

  “生死の間(あわい)”へわたしは吟行にでかける。つぎは隠岐の島だが、悲嘆のうちに亡くなった後鳥羽上皇のたましいにたましいをかさねるような旅になるだろう。悲しみはうたになる。うたにすることで、悲しみがやわらぐ。治天(ちてん)の君から一転流人(るにん)の境涯になった上皇のたましいを感得できるだろうか。

 死んだ人が、どうして自分が死んだのか思い出せないといわれる。記憶がないからこそ、こころ安らかに生への未練を断ち切れるのだろうけれども。“生死の間”には、ひょっとすると幸福感が漂っているような気がしないでもない。

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