昨日ネットの検索でみつけていた「前田炸二」。今日ふたたび検索したが、どういうわけか出てこない。しかし、昨日のメモが残っている。いずれ、探し当ててブログにアップしたい。下記は昨日のメモ。国立国会図書館関係なのね。
日通文学19(4)(214)(44) 浜木綿の島(短歌)/前田炸二/p.35~35
先生は、俳句にも短歌にもこころを残しておられた。川柳の“東の横綱”と称えられたが、俳句も短歌も、同様の力量をもっておられた。時代の影響で、海軍兵学校に入校されたが、もちろんそこも東大入学なみの学力が要ったわけである。あの時代でなければ、別の進学先があったはず。海軍兵学校卒を誇りにしておられたが、将校育成を目的とする学校だけに、あのやさしい先生の居場所としてはどうだったのかと思うところはある。
「俳句や短歌をもっとなさりたかったんじゃない?」と申し上げると、口惜しそうに「そうなんや」とおっしゃったのね。さいごに辿りついたのが川柳だった。あきこもおなじなので、先生のお気持ちは分かるのね。先生ほどの才人はなかなかいないだろうが、おなじ下里を父祖の地として文豪佐藤春夫が出ている。佐藤春夫の父も文人だったが、前田先生の父上も俳人だったのね。そういう才能を生む地というのは、やはりそこに至る歴史があると思うのである。
近くに下里古墳がある。古い、歴史のある土地なのね。ここでなにを掴めるかそれは分からないが、前田先生を探し、また佐藤春夫や佐藤春夫の遺骨を捧げ持ってこの地を訪れた亡父のこころを尋ねるつもりで吟行してこようと思う。ちなみに佐藤春夫は1964年没、72歳。高校教師だった亡父は38歳だった。
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「浜木綿の島」に反応しました!(^^)!
あきこさんの前田作二さんを偲ぶ気持ちがブログに満ち溢れていますね。
写真の浜木綿の花は山口県長門市の花でもあります。「浜木綿の島 山口県」と検索したら出て来ます。
離島だった角島(つのしま)には、今では橋が掛けられてすっかり観光地になっています。灯台のふもと海に面して浜木綿が群生しています。
坂本加代さま
そうですか。
浜木綿は和歌山の花のような気がしていたけれども。
先生も山口県の浜木綿のことを知っておられたのか。
浜木綿、ステキな花ですよね。
瀬戸内海の美しさに感動したばかりですが。
山口の方からも美しい瀬戸内海は見えますよね。
宮島の先。
今年こそ、そちらの方に吟行に行きたいと思います。