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 用事は二つ。まず27日(日)に『前田咲二の川柳と独白』を新宮市立図書館に三冊寄贈。いっしょに『たむらあきこ千句』『川柳作家ベストコレクションたむらあきこ』『たむらあきこ川柳集 2010年』も寄贈の予定。郵便で送らせていただこうと思ったのだが、先生のご命日に合わせ、やはり自分が持って行くべきと思ったのね。近くのグランホテルをすでに予約済み。

 翌28日(月)は先生の出身校和歌山県立新宮高校(旧制新宮中学校)へ。やはり寄贈のため。教頭先生にすでにそのことは連絡させていただいているのね。先生のかつての影に影を重ねるつもりで、新宮市内を吟行してまいります。ご長男さんが横浜にお墓を建てて移したとかで、こちらにはお参りするお墓もないのですが。

 2017年9月4日。亡くなられる少し前にいただいたお電話では、望郷の想いを語っておられた。どんなに帰りたいと思っておられたことか。わたしがたまたま新宮方面に吟行にでる前日のことだった。「おれも(いっしょに)行きたい!」と叫ぶようにおっしゃった先生のお声を忘れない。前年12月に食道がんの末期と診断され、のどに管を入れる手術を受けられた。いったん自宅に戻られた翌年1月、「なみだがとまらんのや」とおっしゃった電話のお声も忘れない。ご命日には、わたしの肩にでも乗っかってください。ごいっしょに新宮までまいりましょう。(写真:神倉神社)
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神倉神社(かみくらじんじゃ、かんのくらじんじゃ)は和歌山県新宮市神社熊野三山の一山である熊野速玉大社摂社。境内地は国の史跡「熊野三山」の一部、および世界遺産紀伊山地の霊場と参詣道」の一部である。

新宮市中心市街地北西部にある千穂ヶ峯の支ピーク、神倉山(かんのくらやま、かみくらさん、標高120メートル)に鎮座し、境内外縁はただちに断崖絶壁になっている。山上へは、源頼朝が寄進したと伝えられる、急勾配の鎌倉積み石段538段を登らなければならない。

山上にはゴトビキ岩(「琴引岩」とも。ゴトビキとはヒキガエルをあらわす新宮の方言)と呼ばれる巨岩がご神体として祀られている[1]。この岩の根元を支える袈裟岩と言われる岩の周辺には経塚が発見されており、平安時代の経筒が多数発掘され、そのさらに下層からは銅鐸片や滑石製模造品が出土していることから、神倉神社の起源は磐座信仰から発したと考えられている[1]

神倉神社の創建年代は128年頃といわれているが、神話時代にさかのぼる古くからの伝承がある。『古事記』『日本書紀』によれば、神倉山は、神武天皇が東征の際に登った天磐盾(あめのいわたて)の山であるという[1][2]。このとき、天照大神の子孫の高倉下命が神武に神剣を奉げ、これを得た神武は、天照大神の遣わした八咫烏の道案内で軍を進め、熊野・大和を制圧したとされている。しかし、「熊野権現御垂迹縁起」(『長寛勘文』所収)には神剣と神倉山を結びつける記述はないことから、天磐盾を神倉山と結びつける所説は鎌倉時代以降に現れたものと考えられている[1]

熊野信仰が盛んになると、熊野権現が諸国遍歴の末に、熊野で最初に降臨した場所であると説かれるようになった(「熊野権現垂迹縁起」)。この説に従えば、熊野三所大神がどこよりも最初に降臨したのはこの地であり[3]、そのことから熊野根本神蔵権現あるいは熊野速玉大社奥院と称された[2]。平安時代以降には、神倉山を拠点として修行する修験者が集うようになり、熊野参詣記にもいく度かその名が登場する。『平家物語』巻一〇の平維盛熊野参詣の記事に登場するほか、応永34年(1427年)には、足利義満の側室北野殿の参詣記に「神の蔵」参詣の記述が見られる[2]。(Wikipediaから、一部)

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9月27日は前田咲二先生のご命日。先生のふるさと新宮に行ってまいります”にコメントをどうぞ

  1. 加代 on 2020年9月16日 at 5:01 PM :

     この写真を見てびっくりしました。
     数年前この神社まで行って、私が撮った写真の角度が全く同じだったからです。
     いろいろな角度で撮りましたが、この角度が一番良かったので帰宅してから20号の絵にしました。(市美展に出品)
     石の階段を上りましたがきつかったです。
     パワースポットとして世界中に知れ渡っているようです。

    • たむら あきこ on 2020年9月16日 at 5:24 PM :

      加代さま
      神倉神社から遠くないところに新宮高校があるのね。
      先生も、ここにはなんども行っておられることでしょう。

      足が悪いので、登るのは無理だと思いますが、入口までは行ってみようと思います。
      先生のふるさとはいまや世界遺産(すべてではないですが)。
      最高の場所なのに、和歌山県の北部の人はあまり知らないのね。

      ぎりぎりで気付いて、元気なうちになんどかこの地を訪問できたことはよかった。
      加代さんの行かれる場所を考えると、たぶん、あきことはどこか感性が似ておられるのかなと。
      神倉神社はずっと気になっていたのね。
      また、たくさんの句を詠んでまいります。(^^)/

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