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【自句自解】 フィクションの端にきのうがぶらさがる
 「フィクション」は、虚構。文学用語としてのフィクションは架空の出来事を想像的に描いた物語。「きのう」とはいつのことか。川柳に詠まれる「きのう」は単に今日の前日の昨日とは違う。私が句に多用するのは、〈過去〉といういかにも手垢のついたことばをなるべく避けるためである。現在では今日の前日を昨日(きのう)と言うが、古くは、今日からいつではなく、ある時点より近い過去という漠然とした意味で用いられていた。ある時点より近い過去というのは、私の句が心象句であることから、遠近を問わずどのあたりの過去であってもよいということになる。遠い過去も引き寄せれば昨日のように近くなる。ネットで検索すると、『きのうの影踏み』(辻村 深月)という本が出版されている。これも同様の「きのう」だろう。
 掲句は、架空の物語 (句) に (作者の) 過去が入っているということ。「端」に過去が見え隠れするといっている

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【自句自解】フィクションの端にきのうがぶらさがる”にコメントをどうぞ

  1. 前川奬 on 2018年3月4日 at 11:20 AM :

    たむらあきこ様
    >フィクションの端にきのうがぶらさがる
    貴【自句自解】を拝読しました。御句の意味
    するところが良く理解でき、また勉強になり
    ました。

    ありがとうございました。
    前川奬

  2. たむら あきこ on 2018年3月4日 at 12:09 PM :

    前川奬さま
    ときどき自句自解を入れていきたいと思いますので、よろしかったらまた仰ってください。
    ではまた。 ドーゾq(^^)イツデモ~

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