前田咲二氏死去/川柳作家 | BUSINESS LIVE – 四国新聞社
2017年10月11日 – 前田 咲二氏(まえだ・さくじ=川柳作家、本名作自=さくじ)9月27日午後7時57分、 食道がんのため大阪府寝屋川市の病院で死去、90歳。和歌山県出身。(以上は、本日たまたま開いたネットから拾ったもの。あちこちの新聞に掲載されたもよう)
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前田咲二先生はとてもやさしく、温和な大先生だった。この十年で先生の怒声を聞くことなど、一度もなかった。他結社の主幹に注意され誰かを叱らねばならないときも「本人がそのうち気付くまで、放っておく」という姿勢で、示唆くらいにとどめることを近くにいて学ばせていただいた。上に立つとはこういうことかと、真横で教えていただいた。しかし、いろいろな意味で相手を見抜いておられた。
先生がただ一度の怒声を上げられたのは、ホスピスに入院されていた頃。先生のお許しを得て三人でお見舞いさせていただいたのだが、その場。そのことばはやはりここには書けないが、いまにしてすべて見抜いておられたのだと分かる。(合掌)
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前田咲二先生はとてもやさしく、温和な大先生だった。この十年で先生の怒声を聞くことなど、一度もなかった。他結社の主幹に注意され誰かを叱らねばならないときも「本人がそのうち気付くまで、放っておく」という姿勢で、示唆くらいにとどめることを近くにいて学ばせていただいた。上に立つとはこういうことかと、真横で教えていただいた。しかし、いろいろな意味で相手を見抜いておられた。
先生がただ一度の怒声を上げられたのは、ホスピスに入院されていた頃。先生のお許しを得て三人でお見舞いさせていただいたのだが、その場。そのことばはやはりここには書けないが、いまにしてすべて見抜いておられたのだと分かる。(合掌)
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あきこさん
今朝のニュースで、南海地区の国道?でがけ崩れが二か所もあって、行き場を失った車が渋滞しているところを流していました。
無事に帰ることができてよかったですねえ。
たかこさま
そうなのよね。
みさき公園駅での、あの奇跡のような和歌山へ帰る一台のタクシーも、ひょっとしたら咲二先生が寄越してくれたのかもしれない。(というような状況だったのです)
暴風雨の中を、外国人の女の子と二人、無事帰宅できました。
目に見えなくても、誰かに、何かに助けられているのかもしれない。
そういう気持ちになりました、最近。
あなたも体調に気を付けて、ますます柳人としてもがんばってくださいね。