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ライブカメラ富士山ビュー 富士宮
私の人生における幸福感とは、たぶんいままでの人生を、時々の岐路でみずから択び取ってきたということにあるのではないかと思っている。自分が択び取ったのだから、責任は自分にある。いま独りでいるのも、自分の時間のほとんどすべてを自分のために使えるという幸福感の前には、寂しさなど何ほどのことでもない(ほどほどに忙しいので寂しいと思っているヒマもない)。自己実現、これが実感としての幸福感につながるのである。子育てを終え親の介護も終えたことで、人間としての務めも一応は果たしたつもりでいる。そこが安心感にも繋がっている。
文芸一つを追究するにも、そこそこの時間はかかる。私の第二句集『たむらあきこ川柳千句集 たましいのうた』千数百句までの推敲にも三年を要し、なお終わっていないのである。世間並みの家庭の主婦というのも自分に合っていなかったとまでは思わないが、それが果たしてどれほどのしあわせだろうかと。何に支配されるわけでもなく、自由に生きている。つまらない世間体などの固定観念に囚われて、折角の限りある人生を窮屈には生きていけない。「誰か」や「何か」のせいにして憤懣を抱きながら自分をころして生きていても仕方がない。
命とは、人生とは輝くものでなくてはならない。自分の人生をみずからの手で択び取ることによって生き甲斐を見つけることができる。思い通りにすべてが運んでいくわけではないが、大きな確かな生き甲斐がそこにある。しあわせも不仕合せも、決めるのは他人ではない。(たむらあきこ)

あきこさん、カッコイイなあ。惚れ惚れ!!!!!!!!
かずこさま
伊勢へいつ行こうかと悩んでいるのよ。
お預かりしたものがあるから。でも、郵便じゃなくて直接お返ししたいのよね。
もうちょっと待ってね。 マッテ(^◇^)ネ~