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 20日からの恐山吟行は、いままでの吟行のどれよりも思い入れの深いもの。理由は、尾藤三柳、川上三太郎両師が恐山を詠んだ連作を遺しておられるからである。川柳史に残るだろう二つの連作。まず川上三太郎がこの地に赴き、たぶん氏の連作の影響で尾藤三柳が赴いたのだろう。この地には二人の川柳作家の創作意欲を刺激する何かがあったのだ。
 それが何であるか、なんとなく分かる。私をこの地に赴かせるのもたぶん同じものだろう。恐山は、下北半島の中央部に位置する外輪山、霊場。古くは宇曽利山「うそりやま」と呼ばれたが、下北訛りにより変化し、恐山「おそれやま/おそれざん」と呼ばれるようになったようだ。 地蔵信仰を背景にした死者への供養の場として知られ、古くから崇敬を集めてきた。下北地方では「人は死ねば(魂は)お山(恐山)さ行ぐ」と言い伝えられているという。高野山、比叡山と並んで「日本三大霊山」とされることもある。

  • 開山期間 毎年5月1日〜10月31日
  • 開門時間 午前6時〜午後6時
  • 入山料 500円(2016年5月現在)
  • 大祭典 毎年7月20日〜24日
  • 秋祭典 毎年10月第2週の三連休

 恐山はいまは観光地化されているとも聞くが、心を澄ませばやはり響いてくる何かをつかむことができるだろう。両師に続く連作を残したい。

恐山怨雨
               尾藤 三柳
地の涯(はて)の宇曾利(うそり)のやまの黄泉(よみ)の雨
地獄谷過去は未来はすすりなく
一鴉(いちあ)地から生まれ輪廻の餌(え)をあさる
てんてん てんてんと赤 ぬれ菩薩
うごくものとて血の池をたたく雨
地蔵らよ 雁(かり)啼くころは咲(わら)わんか
じょうじょうと御詠歌聞こゆ濁穢(じょくえ)の耳
影を奪われて翳となる死者のやま
‥ ‥ ‥ ‥ ‥ ‥ ‥
尾藤 三柳(びとう さんりゅう、1929年8月12日[1]2016年10月19日[2])は、川柳作家。父は川柳作家の尾藤三笠、子も川柳作家の尾藤一泉。東京生まれ。本名・源一。学習院大学文学部卒業[1]前田雀郎に師事。丹雀会同人などを経て、1975年から「川柳公論」主宰。1988年から2009年までよみうり時事川柳(読売新聞東京本社北海道支社北陸支社中部支社)の選者を務めた[3]ほか、サラリーマン川柳第一生命主催)や新聞、雑誌、放送、公募川柳選者も務めた。その他、日本川柳ペンクラブ理事長、全日本川柳協会相談役、川柳学会名誉会長などを歴任した。2016年10月19日、肺水腫のため死去[3]。87歳没。(Wikipedia)
‥ ‥ ‥ ‥ ‥ ‥ ‥
 おそれざんぴんく
               川上三太郎
恐山石積む愛か呪詛(じゅそ)の手か
恐山 石石石石 死死死
恐山 イタコつぶやく蟹となる
恐山死と死の間に石を詰め
惻々(そくそく)と恐山死を引き寄せる
恐山ほと走る朱を落暉とす
恐山われが真紅の血は頒(わ)けず
‥ ‥ ‥ ‥ ‥ ‥ ‥
川上三太郎 かわかみさんたろう(1891―1968)川柳(せんりゅう)作家。前名幾次郎。別号蒼蒼亭(そうそうてい)、S・S・T。東京・日本橋に生まれる。大倉商業学校卒業。井上剣花坊(いのうえけんかぼう)に師事。雑誌『川柳研究』を発行。純詩性川柳、連作川柳など純文学的な川柳を発表する一方で、新聞による時事川柳、家庭雑誌による家庭川柳、ラジオ放送による川柳選評、漫画やコントによる川柳鑑賞など、大衆的な川柳を広めることにも努め、多くの後進を育てた。句集『孤独地蔵』(1963)など。紫綬(しじゅ)褒章受章。[岩田秀行](日本大百科全書(ニッポニカ)の解説)

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