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 瀞峡(どろきょう)は、和歌山・三重・奈良三県を流れる北山川上流の峡谷。上流から順に、奥瀞、上瀞、下瀞と呼ばれ、下瀞は瀞八丁の名でとくに有名。巨岩、奇岩、断崖が続く渓谷美を古くから讃えられている。とくに下瀞は巨岩・奇石が並び荘厳で美しく、親しみをこめて「瀞八丁(どろはっちょう)」と呼ばれている。静かな深い瀞の水は神秘的なコバルトブルーに澄みわたり、訪れる人のこころを癒してくれる。
 昔はプロペラ船が新宮・瀞峡間を航行していたらしいが、いまは志古(しこ)・瀞峡間を観光用のジェット船が行き交っている。
 はじめはこのジェット船で行こうと思っていた。もちろんこれでも充分楽しめるだろう。だが、どこかで見て記憶に残っていた「北山川観光筏下り」が気になって、ネットで詳しく調べてみたのである。
 600年以上前から、木材を組んで上流から下流に運ぶ手段とされた筏流し。八本の丸太でできた筏を七連結した全長30mにも及ぶ筏で、激流の中、水しぶきを上げながら北山川の渓谷を下る。日本でも飛地の村北山村でだけ、筏師たちの伝統の技を体験することができる。(北山川の筏下りは大変人気があるようなので、行ってみたい方は運航日や申込・予約方法や準備物など、北山村のホームページ(↽クリック)で事前によくご確認くださいね)
   しか~し…当然若い人が圧倒的。一応75歳まで乗船(?)は出来るらしいので、電話で予約してみようか、いや…やめておいたほうがいいかと一晩悩んでいたのである。昨日夕方たまたま近くのスーパーで旅行好きの友人に会い、話をしたのだが、その気分が残っていたのかもしれない。

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