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 先生は、お会いした傘寿(少し前)ですでに左目が見えなかった。右目も、眼の中にタマがあるとかで、そのタマに遮られて披講にいつも少し時間がかかった。そういうことを感じさせない身のこなしは、江田島の海軍兵学校仕込みのものだったかもしれない。戦後は日本通運に就職、経理部長をさいごに退職されたと伺っている。「おれはがんばった。あんたもがんばれ」との言葉を遺された。飄々とした、人生の達人といった風格をもっておられた。(でも、おちゃめで可愛い大先生だったのよね)
前田咲二遺句集(仮題)】❷
潔白だからいさぎよく死を選ぶ
咲くやこの花館をまとめている日差し
残り時間の目盛りがついている鏡
奥の手に鬼を一匹飼っている
(平成10年3月)
楢山の往復切符なら買おう
サバ読んでほんとの干支に叱られる
若者の会話へ距離をおいている
億光年まえのひかりと向かい合う
おんなを忘れているなと思うときがある
嫌だなあうどんを噛んで食う男

鉄塔を倒してなにが面白い
申告の判さかさまに押してくる
首を吊る紐を一本持ち歩く
たぐり寄せてみればわたしの影だった
母の墓にまたふらふらと来てしまう
痛おすなあと申告に判を押す
耳たぶを本気で噛んでどないする
杉村春子も寅さんも居る渡し舟
ポシェットに小さな火種持ち歩く
浅いえにしで葬列の末に居る

天童よしみの肉に美声が詰めてある
敵をほめそやして敵を呑んでいる
石棺の中に移らぬ刻がある
これ以上飾ればきっと蹴つまずく
女からまだ抓られたことがない
許すと決めて急に会いたくなってくる
嬉しくて鬼とも握手してしまう
悪友がいまでも妻に惚れている
ぼくを誘ったのも突き落としたのも天使
近松の浪花ことばに逢いにゆく

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