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 前田先生の句を拾っていくうちに見つけた定金冬二の作品。呆然とするくらいうまいのね。それがどこにあったのか、紛れ込んでしまって探してもないのね(汗)。(あきらめて)本日21日(日)の句会(堺番傘7月句会)に行く準備。川柳界に名を残している方々の名句をこれからときどきアップして、川柳界内外の方々の目に触れるようにしたいと思います。結局我われの目ざす文芸川柳とはどういうものか、作品で示すよりほかないのですね。おたがいに先人に勉強させていただきたいと思います。
 つづきは、次々回。

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 再びふり返って「川柳は文芸たり得るか」と考えてみると、川柳に限らず、小説・詩・短歌・俳句等のジャンルだからと言って、例えば小説を書いているから私は文芸を書いている、俳句を創っているから、私の俳句は文... 「つづきのつづきのつづき(最終)‥【評論】川柳は文芸たり得るかー自己表現としての現代川柳ー(野沢 省悟)(柳誌「大阪川柳」(平成9年11月発行 第42号)より)」の続きを読む
 以上簡単に各時代のポイントを上げてみたが、これだけ見ても川柳の表現が変化しているのがわかると思う。  第三、第四、第五は、それぞれ関連がある。第三の問題は、前記の作品を読んでもらえれば、川柳がこっけ... 「つづきのつづき‥【評論】川柳は文芸たり得るかー自己表現としての現代川柳ー(野沢 省悟)(柳誌「大阪川柳」(平成9年11月発行 第42号)より)」の続きを読む
 ・屍のゐないニュース映画で勇ましい     鶴 彬  ・万歳とあげて行った手を大陸において来た   ゛  ・手と足をもいだ丸太にしてかへし       ゛  ・胎内の動きを知るころ骨がつき     ... 「つづき‥【評論】川柳は文芸たり得るかー自己表現としての現代川柳ー(野沢 省悟)(柳誌「大阪川柳」(平成9年11月発行 第42号)より)」の続きを読む
 ・一代の五尺に足らず絵巻物       吉川雉子郎  ・生きている証拠に飯を食っている      ゛  新川柳改革後の川柳である。この作品は、小説家吉川英治の若かりし頃の作品である。古川柳の他人を第... 「17日のつづきのつづきのつづき‥【評論】川柳は文芸たり得るかー自己表現としての現代川柳ー(野沢 省悟)(柳誌「大阪川柳」(平成9年11月発行 第42号)より)」の続きを読む
 以上、五点上げたが、これらに対してどうすべきか。  第一に対しては、現在歴史的に見て、おそらく今が一番川柳人口の多いときではないかと思われる。理解者を得る土台が今出来かかっていると言えるだろう。現在... 「17日のつづきのつづき‥【評論】川柳は文芸たり得るかー自己表現としての現代川柳ー(野沢 省悟)(柳誌「大阪川柳」(平成9年11月発行 第42号)より)」の続きを読む
 川柳がなぜ文芸らしくないのか、その理由として私は次のように考える。  第一に、川柳は数百年の時間を背負った短歌、四百年の伝統のある俳句に比べると、まだ歴史が浅く(ほぼ二百五十年)、理解者層に開きがあ... 「17日のつづき‥【評論】川柳は文芸たり得るかー自己表現としての現代川柳ー(野沢 省悟)(柳誌「大阪川柳」(平成9年11月発行 第42号)より)」の続きを読む
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