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 川柳マガジン(新葉館出版)で一年間担当した「川柳クリニック」のあと引き続き「難解句鑑賞」のご依頼があったときは、引き受けることに少々のためらいが無いではなかった。句をどう読むか、ということは当然ながらいち柳人としてのあきこの鑑賞眼を問われることだからである。

 さっそく送られてきた難解句に目を通しながら、あきこなりの鑑賞をすればよいだろうと、いささかの覚悟のようなものができてきた。第一回は締め切りまで日がなく、数日で書き上げてすでに送ってある。9月号掲載なので、あと二週間少しで読者のみなさまの目にふれることになる。

 〈人間存在〉そのものがいわば〈謎〉なのだから、侃々諤々の議論の的になる難解句があるのは当然なのである。少々乱暴な言い方かもしれないが、むしろ難解でない句、いちど読めば「ああそうですか」式に終わってしまう句などに何の感興があろうかと。レオナルド・ダ・ヴィンチの『モナ・リザ』がかくも長く魅惑的な微笑みで人のこころをとらえてきたのと共通するものが難解句にはあるのである。

 鑑賞させていただくのは、毎回誌面(2ページ)の関係で6句ほどになるだろう。単に意味からでは合理的説明のつかない句もそのまま受け止めて、あえて鑑賞とまではいかない場合もでてくるだろうが。それはそれとして、あまりむりやりこじつけるような謎解きはしないでくり返し味わってみたいと考えている。

 〈一読明快〉ということをよく言われるわけだが、いちどよく考えてみる必要がある。簡単に理解される川柳がよいとは、とても思えない。表層だけを詠んだ句なら、そのへんの柳誌やリアル句会・大会にいくらでも転がっている。そこに何の魅力も発展もない。複雑に分化された現代社会における〈一読明快〉など、むしろ陳腐な幻想というに近い。また句の解釈も、一義的でなくてはならないということはない。読む人の数だけの鑑賞があってしかるべきなのである。ただ、難解さも〈人間存在〉の深層にせまるものでなくてはならないとも思う。コトバを玩ぶだけの難解句であってはならない。

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